ゆっくりSS

 4月18日 AM7:25 


 車を駐車スペースに入れてエンジンを切る。 
 それと同時に自分の口から盛大なタメ息がダダ漏れた。 

「うぁー、無事に帰ってきたよ。お疲れー、私。頑張ったー、私」 

 まさか仕事で朝帰りになるとは予想外だった。 
 ほんの少し仕事を後回しにした結果がこれだよ。 
 まさか銀行預金みたいに仕事に利息がつくなんて、誰が予測できたというのか。 
 そのまま運転席のシートを倒して眠りこけたいところだが、グッと我慢する。 
 せっかく家に着いたんだから、シャワーを浴びてから布団に入らないと。 
 シートベルトを外して、座席から体をひっぺがすように車から降りる。 
 助手席に放っておいたカバンも忘れずに持つ。 
 ドアを施錠してから、思いっきり身体を伸ばすと、あちこちが悲鳴を上げるように痛んだが、それすら心地よい。 

「ん~っ!……さて、そんじゃ我が家に入りますか……って、何だありゃ?」 

*この作品の舞台は愛で特化されています 
*ゆっくりが漢字を使って話します 
*ゆっくりに虐待はしていませんが、ちょっと痛い目にはあってます 
*東方キャラとの関係は……未定です 



 無意識にメガネの位置を微修正して家の玄関前の庭でうごめく何かを凝視する。 
 なんだか丸っこいフォルムの、大きさはバスケットボールくらいの物体が2つ、まるで身を寄せ合うようにしていた。 
 しかも、何だか喋ってるし。 

「やめてね!あっちへいってね!」 
「まりさたちは ごはんさんじゃないよ!ゆっくり理解してね!」 

 そんな事を叫んでるやつらを囲むように、3匹の猫がフーッ!と威嚇の声を上げている。 
 こっちの猫の方は見覚えがある。この近辺を縄張りにしている野良たちだ。 
 で、問題はその猫に襲われているボールの方。こっちは初めて見るが、一応何であるかは分かった。 

「ゆっくりじゃないか。珍しい」 

 そう。それは喋る饅頭として生物学者たちを仰天させたトンデモ生物「ゆっくり」だった。 
 見た目は下膨れ気味の生首という形をしており、人間と同じように言葉を喋る。 
 確か人間の子供くらいの知能もあるという話だ。 
 しかし、そんな外観と能力を持ちながらその材質は饅頭なのだ。 
 皮は牛皮みたいな質感で材質は小麦粉、中身は正真正銘の小倉餡。髪の毛や帽子に見える所は砂糖細工で出来ている。 
 初めてそのナマモノが確認されたのは数十年前だそうだが、未だにその生物学的メカニズムは解明されてない。 
 現在は人が滅多に来ない山奥や秘境でひっそりと暮らしているらしい。 
 ペットとして飼われているものも多いが、こちらは厳格に管理されているので不用意に捨てられた野良などもほとんど見かけない。 
 で、目の前で震えているのは黒髪に赤いリボンをした「れいむ」と呼ばれる種と、金髪に黒いトンガリ帽子の「まりさ」と呼ばれるゆっくりだ。比較的、メジャーな種族だと聞いている。 

 と、のんびりと観察している内に、事態が少し動いた。 
 猫の一匹が、れいむの顔を引っかいたのだ。 
 生物としては非常に脆いゆっくりの皮は、人間なら少し血が出る程度の攻撃でもザックリと裂け、中身の餡子が見えるほどの大怪我になる。 

「うぎゃあああああああっ!いだいいいいっ?!」 
「れいむーっ!大丈夫っ?!ゆっくりしてねっ?!」 

 目をクワッと見開いて絶叫するれいむ。それを慰めるように声をかけるまりさ。 
 二匹ともその目から砂糖水の涙をダバダバ流して泣いている。 
 おっと、こりゃいかん。寝ぼけすぎて判断が遅れたか。 
 さすがにこれ以上放っておくと、庭に饅頭の墓をつくってやらないといけなくなりそうだ。それはさすがに目覚めが悪い。 

「おいっ!お前ら、あっちへいけ!」 

 少し腹に力を込めて大声を出す。 
 すると、その気合に気づいた猫たちが唸るのをやめてビクッとこちらを向いた。 

「そんな饅頭は食えないぞ。悪いことは言わんから帰れ」 

 目に気合を込めてそう語りかける。 
 こいつらはそこそこ頭がいい野良猫たちだ。だから、人間の言葉は分からなくても、意志は読める。 
 ほんの数秒の沈黙の後、猫たちは何事もなかったかのように庭の外に出て行った。どうやら交渉は成功したようだ。 

「やれやれ。……おい、お前ら大丈夫か?」 

 とりあえず、ゆっくりたちの方へ声をかける。 
 警戒させないように、近づいたりはしない。 
 まぁ、片方は怪我してるから逃げたりは出来ないだろうが。 

「ゆううう!いだいよぉ、れいむ死んじゃう~」 
「ゆっくりしてね!ゆっくり怪我さん治ってね!」 

 あぁ、こっちの気遣いとか関係なしに、二匹は現在の状況に手一杯だったか。 
 れいむはまだ泣き続けているし、まりさの方も相方の傷を舌でぺろぺろと舐めている。 
 しかし、裂けた顔の傷はそんな事ではなかなか治らない。まぁ、当たり前ではあるな。 
 それでも、ゆっくりというナマモノは奇妙なもので、大抵の怪我は放って置いても治るものらしいし、 
 甘い液体とかかけてやれば、それこそRPGの回復魔法みたいに瞬間回復するという。 
 ……確か、飲みかけのオレンジジュースが冷蔵庫にあったな。 
 私は、ゆっくりたちをそのままにして、とりあえず勝手口から家の中に入った。 




 オレンジジュースって凄いな。 
 それが、私の今の感想だ。いや、ゆっくりの非常識さが凄いのか? 
 私が取ってきたオレンジジュースをれいむにかけてやると、本当にあっさりと治ってしまった。 
 もう、ほっぺたには傷跡ひとつない。 
 だが、それはそれで。今度は別の問題が起きてしまった。 

「「おねーさん、ありがとう!」」 

 助けられたゆっくり二匹が、私に懐いてしまったのだ。 

「れいむはれいむだよ。ゆっくりしたおねーさん、ゆっくりしていってね!!!」 
「まりさはまりさだよ。れいむを治してくれて、ゆっくりありがとうね!」 
「あー、はいはい、ゆっくりゆっくり」 

 自慢じゃないが、私は女にしては愛想が悪い。 
 ポニーテールにした髪は手入れが適当なのでボサボサだし、コンタクトが嫌いなので可愛げのないメガネもしてる。 
 言葉遣いだって男っぽい上に、目つきも微妙に悪いらしい。 
 だから、初対面の人間(特に男)からは、ちょっと距離を取られる事も多い。 
 それ故に、こんな風に純粋な感謝の言葉やら尊敬の眼差しやらを向けられるのは……まぁ、背中がかゆくなってしまう。 
 照れ隠しにポリポリと頭を掻きながら、私は本題に入ることにした。 

「ところで、お前らは野生のゆっくりなのか?こんな人里で何やってるんだ?」 
「ゆ?まりさたちは街ゆっくりだよ。そういえば、ここはどこなの?」 

 まりさが、器用に頭だけの身体を横に傾けて答えた。 
 ん?街ゆっくりだと? 

「なんだ、その“街ゆっくり”って?」 
「街ゆっくりは街ゆっくりだよ。街で暮らしてるから街ゆっくりなんだって」 

 今度はれいむが答えた。街暮らしのゆっくり? 

「あー、それはあれか?街で人間に飼われてたって事か?」 
「れいむたちは飼いゆっくりじゃないよ。リボンさんにバッヂさんも付いてないでしょ?」 

 なるほど、確かにれいむとまりさのお飾りであるリボンにも帽子にも、ペットである事を示すバッヂは付いていない。 

「まりさのおかあさんは飼いゆっくりだったけど、人間さんに捨てられちゃったんだよ」 

 ちょっと悲しそうにまりさが言う。 
 しかし、ちょっと聞き捨てならん事を聞いたな。 

「勝手にペットのゆっくりを捨てたら違法だろう。その飼い主はよくそんな事したな」 

 そう。ゆっくりは饅頭であるがゆえに、まっとうな生物として認められていない時期があった。 
 それ故に、色々と眉をひそめたくなるような用途に使われる事も多く、社会問題となったのだ。 
 今現在では、モラルのない飼い主による不法投棄を防ぐ為に、2重3重に設定された法律「生類安全保障条項」とやらが、 
 ゆっくりを初めとするあらゆるペット動物を保護している。 
 バッヂシステムと呼ばれるものも、そのひとつだ。 

「ゆ?捨てゆっくりなんて、あちこちにいたよ?」 
「加工所の人間さんとか、虐待お兄さんがゆっくりをゆっくりさせない為に頑張ってたよ。 
 ゆうう……ゆっくりできない人たちだったよ」 

 は?未だに街じゃあそんなにモラルが低いのか?というか、加工所って何だ? 
 そこの職員がわざわざ希少な野良を探して街を徘徊してんのか? 
 虐待お兄さんって……なんてぇネーミングだよ。 
 それ全部、生類安全保障条項、略して生安項(なまあんこー)違反じゃないのか? 



 その後も、れいむとまりさの事情を色々と聞いたが、何だか私の知っている知識と食い違う部分が多くて理解しきれなかった。 
 私が田舎暮らしでボケているのか、ゆっくりの認識が人間とは違うのか。 
 何だか、まるで少しだけ事情の違う別世界の話を聞いているようで混乱してきたので、細かい事情は無視する事にしたのは、仕方がないだろう。 
 ……別の世界……まさか、ねぇ。 
 知り合いの、いい年して少女趣味な服を着た女を連想したがすぐに忘れる事にした。 
 いくら何でも推理が無理矢理過ぎる。 



 結局、どうして今まで住んでいた場所から遠く離れているであろう私の家にやってきたのかは、本人たちにも分からないらしい。 
 そして、さっきの件から見ても明らかだが、こいつらに野生で生きてく強かさはない。 
 関わってしまった責任とでもいうか、惰性とでもいうか。まぁ、私がお人よしなんだと思ってくれればいい。 
 私がこいつら用の家を庭に用意してやり、エサなどの世話をするようになったのは、いわば必然の成り行きだった。 



 こうして、ちょっと不思議なゆっくりたちと、私“博霊霊夢”との奇妙な生活が始まったのである。 

【続編→おうちを作った話(02)】