○月○日


びっくりした。 
まさかこんなものを本当に目にするなんて思ってもいなかった。



世間ではそういうものが突然現れたといってニュースになっていた。 
物珍しさからすぐに大騒ぎになり、ブームになったりもしたが、 
人の関心というのは長続きしないもので、 
依然として第一級の研究対象にありながら、市井の一般市民の間ではやがて話題にも上らなくなった。 
なにしろ数が少なくて、半ばツチノコのような存在である。

受験勉強のためと称して、片田舎のアパートに越してきた。 
親元を離れた気楽な生活に憧れてのことだが、もちろん受験勉強もきちんとやるつもりだ。

一週間ほどはほとんど勉強もせず、ごろごろと気楽さを楽しんでいたが、 
そろそろ勉強にかかろうとしていた矢先に、それが家に上がりこんでいた。


近所の商店に夜食のカップ麺を買いに行っており、家を開けていたのは一時間もなかった。 
家の鍵はかけていたのに庭に面した引き戸は開け放したままだったという雑なことをやっていたため、 
どうやらそこから侵入してきたらしい。

「ゆっ!ゆっ!ゆっ!ゆっ!」

家に入った途端に、ころころと甲高いその声が耳に入った。 
ぽんぽんと気の抜ける効果音とともに、肌色の球体が廊下を横切っていく。

「ゆっくりー!!」

黒い帽子を被り、金髪を生やしたその饅頭は、 
僕の部屋の座布団に座り、ゆふー、と息をついた。

世間でさんざん騒がれていたので、その名前と特徴はよく知っている。 
バスケットボール大の肌色の饅頭で、髪が生え、頭に帽子や飾りをつけ、目と口がついている。

目の前に鎮座しているそれは、眉を八の字型に曲げ、ぱっかりと開いた口をしゃくれ気味に突き出している。 
馬鹿にしているようにしか見えない。 
口をぱっかりと開けたまま目を閉じ、座布団の上でゆらゆらと体を蠢かせていたかと思うと、 
またぱちっと目を開いて叫んだ。

「ふかふかさんでゆっくりー!ゆっくりできるねっ!!」

僕は絶句していたが、そこで声をかけてみた。

「おい」 
「ゆっくりびっくりー!!」

それは座布団の上で10cmほど飛び上がった。 
今の今まで目の前にいた僕に気づいていなかったらしい。微妙に真正面からズレてはいたが、それにしても呑気だ。 
驚いて飛び上がったらしいが、八の字眉としゃくれ口の表情は変わっていないから不思議な感じだ。

「ゆっくりびっくりだよっ!!ゆっくりふりむくよっ!!」

そう言い、座布団の上でぽんぽんと何度か跳ね、少しずつ角度を調整して僕の正面に向き直る。

「ゆっくりたかいたかいだよっ!ゆっくりみあげるよ!ゆっくり~~!!」

そうしてぐいーっと体を反らし、僕を見上げた。なんでいちいち宣言してから行動するんだろう? 
立っている僕の、遥か上空にある顔を視界に捕らえようとして上体をぐいぐいと反らす。 
いまにもひっくり返るんじゃないかと思っているうちに、ぱさっと帽子が落ちてしまった。

「ゆうーっ!!おぼうし!!まりさのおぼうしゆっくりもどってねっ!!」

こちらが驚くほどそれは慌てふためき、目に涙を浮かべてごろりと座布団の上から転げ落ちると、 
畳の上に転がった帽子を口に咥えて置き直し、尻をぷりぷりと振りながら頭を突っ込むようにしてかぶり直した。

「まりさのおぼうしゆっくりおかえり!ゆっくりできるねっ!!ゆっくりーっ!!」

叫んでぴょんと飛び跳ねる。完全に僕のことは意識から消えている。

「おい」

声をかけると、「ゆっくりふりむくよっ!!」と叫んでまたぽんぽん跳ねようとしたので、 
面倒になり、それを両手で掴んで座布団の上に置き直す。 
饅頭というにはぶよぶよもちもちとした触感で、正直あまり気持ちのいいものではなかった。 
というか……肉に近い。肉まん?

僕の前に向きなおったそれ……ゆっくりまりさは、 
ちょっと首(体全体?)をかしげた後、しゃくれた口をさらにしゃくれさせて景気よく叫んだ。

「ゆっくりしていってね!!」 
「……ゆっくりしていってね」

返答してしまった。 
ゆっくりがこの挨拶をしてきたら同じように挨拶を返すと喜ぶ、という習性も知っていた。 
そのゆっくりまりさはパァッと表情を明るくした(ような雰囲気。実際はさらにしゃくれた)。 
そのままゆんゆんと体を揺らし、黙ってこちらを見つめている。 
何かあるのかと思ったが、別になにもなく、ただ「ゆっくりしている」ようだ。

呆然と見つめ合っていると、別のところから声が聞こえてきた。

「ゆっくり!ゆっくりー!!」

まだいたのか。 
部屋を出ると、台所にもう一匹の饅頭が蠢いていた。 
今度は黒い髪で、頭に赤いリボンをつけている。後頭部だけでわかる、ゆっくりれいむだ。

「ゆっくりごはんさんをさがすよ!ゆっくりー!」

そう言ってゆっくりれいむが向かうのは、台所の隅に無造作に袋に入れてまとめてあった野菜だった。おい!

「ゆっくりごはんさんがあったよっ!!ゆっくりむーしゃむーしゃするよ!!」

宣言すると、ゆっくりれいむは袋の外に転がっていたジャガイモにかぶりついた。

「おいおい、やめろ」 
「ゆーっ!?おそらをとんでるみたいっ!!」

背後からリボンごと髪の毛を掴んで持ちあげる。ジャガイモを取り落とし、ゆっくりれいむは間の抜けた声を上げた。 
すぐにもるんもるんと尻を振りはじめる。

「ゆっくりできないよっ!!ゆっくりあたまがいたいよっ!!ゆっくりーっ!?ゆっくりーっ!!」

こいつらでも痛みは感じるのか。 
台所のテーブルに置き直し、ゆっくりれいむと向かい合う。 
やはり聞いていたとおりの顔だった。 
赤いリボンのゆっくりれいむ、キリリと逆八の字型に釣り上った眉に、まりさと同じくぱっかり開いた口。こちらはしゃくれてない。顔はりりしい(のか?)が、目尻に涙が浮いている。 
しかし、僕と向き合うと、少し首をかしげてからぽんっと小さく跳ねて叫んだ。

「ゆっくりしていってね!!」 
「ゆっくりしていってね」 
「ゆっくりー!!」

喜んでいるらしい。表情がほとんど変わらないのでよくわからないが。


とりあえず二匹(数え方は匹でいいのか?饅頭だから個じゃないのか?まあ、いいか)を座布団の上に並べて置き、 
自分も座布団に座って、部屋の中で腕を組んで考える。 
二匹のゆっくりのほうは、僕があの挨拶を返したというその事実だけですっかり安心しきったらしく、 
僕の前で微妙に揺れながらすっかりくつろいでゆっくりしている。一応今は口を閉じていた。閉じれるんだ。

物珍しいので捕獲してはみたが、さりとてどうするかも思いつかない。 
一応、会話はできるのか試してみる。

「どこから入ってきた?」 
「ゆっくりまどさんからはいってきたよっ!」

ガラス張りの引き戸が開いていたことを言ってるらしい。

「お前らの家はどこだ?」 
「もりさんにすんでるよっ!」

なんでここまで来たのか、までは言わない。聞かれたことに直接答える以上の気は回らないようだ。 
その程度の知能らしい。仕方がないのでいちいち聞く。

「なんで森からここまで来たんだ?」 
「ごはんさんをさがしにきたんだよ!ゆっくりしていってね!」 
「……ゆっくりしていってね」

その上、会話の中でいちいち唐突に「ゆっくりしていってね」を挟む。 
そうして期待に満ちた視線を向けてくる、試しに答えないでみたら表情がやや沈んだ。 
答えを返したらぱっと明るくなる。 
一応、こいつらなりに不安を感じているのかもしれない。 
「ゆっくりしていってね」で安心できる相手かどうか確認しているのか?

「あのな、ここは僕の家なんだ」 
「ゆっくりりかいしたよっ!」 
「だからここにあるのは僕のご飯だ。お前らのじゃない。勝手に食べちゃだめだ。というか、勝手に入っちゃだめだ」 
「ゆっくりりかいしたよっ!」

返事はいいが、別に出ていこうという素振りも見えなかった。 
ゆらゆらもにもに動きながら座布団の上でゆっくりしている。

結局、放っておくことにしてみた。 
別に可愛いとかそういうふうには思わなかったが、物珍しさから追い出すのもためらわれた。 
もう少しどういうやつらなのか見てみよう。

参考書とノートを開き、勉強を始めようと机に向かったところで、ゆっくりはまた叫んだ。

「ゆっくりごはんさんをさがすよっ!!」

元気よく座布団から飛び出し、勝手にうろうろと跳ねまわり始めるまりさとれいむ。 
さっきやめろと言ったばかりじゃないか。その程度の知能か。会話はできても意志の疎通は期待しないほうがいいようだ。

「いたいよ!!いたいよ!!ゆっくりできないよ!!ゆっくりできないよ!!」 
「はなしてね!!はなしてね!!ゆっくりさせてね!!はなしてね!!」

掴みあげた二匹はもるんもるんもるんと忙しく蠢く。気持ち悪い。 
ひとまずダンボールの空き箱の中に放り込む。 
「ゆべっ!!」と叫び、痛みに涙を浮かべているが、表情はやはり変わらない。

「ゆっゆー!ゆっくりいたかったね!!いまはいたくなくてゆっくりー!!」 
「はこさんはゆっくりできるね!!」

などと言いながら箱の中でゆっくりしている。

さてどうやら食欲はあるらしく、すぐに「ゆっくりごはんさんをさがすよっ!!」と叫び出した。

「ゆっくりはこさんからでるよっ!!ゆっ!!ゆっ!!」 
「ゆっくりでられないよっ!!はこさんはゆっくりどいてね!!ゆっくり!!ゆっくりー!!」 
「ゆっ!!ゆっ!!はこさんをゆっくりどかすよ!!ゆっ!!ゆっ!!」 
「おなかがぺーこぺーこだよ!!ゆっ!!ゆっ!!」

そう言い、ぼすんぼすんとボール箱の内壁に体当たりをしているが、そうそう倒れない。 
面白いのでそのまま放置して、今この日記を書いているというわけだ。 
いちいち元気よくやかましい饅頭だが、腹が減ったら少しはおとなしくなるだろうか。



○月○日


目を覚ましたら、ボール箱が倒れていた。 
昨日見ていた時はただ無造作にぼすぼす体当たりを繰り返しているだけだからムリだろうと思っていたのだが、 
たまたま二匹のタイミングが合ったのか、箱は横倒しになり、中の饅頭は逃げ出していた。

さて饅頭はどこかと言えば、探すまでもない、キンキン甲高い声を撒き散らしているのですぐわかった。

「むーしゃむーしゃ!!むーしゃむーしゃ!!」 
「むーしゃむーしゃ!!むーしゃむーしゃ!!」 
「「しあわせーっ!!!」」

台所の野菜を食い荒らし食べ散らかしている。 
普段は緩慢とさえ言える動きだったが、野菜を前にすると、ガツガツガガガガとネズミのように激しくがっついている。 
そうして野菜をかじり口に入れるのだが、入れるたびにいちいち「しあわせーっ!!」と叫ぶため、 
口の中のものが涎と一緒に半分近く四散し、食べ方が汚いというレベルではない。 
呆然と眺めていたが、野菜をかじっては叫び、四散した食べカスをはぐはぐと唇でかき集めては叫び、 
農家の人たちに土下座で詫びたいようなありさまになっていた。 
野生動物だってもう少し綺麗に喰う。

蹴りを入れることにした。

「むーしゃむーゆぶびぇっ!!?」

ゆっくりまりさの頬につま先を叩きこむと、ごろごろと二回転して床にへたり込んだ。 
次にゆっくりれいむの方を見るが、片割れのまりさが蹴り転がされたというのに全く気付きもせず、野菜をかっこんでいる。

「しあわぜぼふぉおぉっ!!」

顔を上げるまで待ち、しあわせーと叫んだところで顔面を踏みつけてやった。 
踏みつけたままぐにゅぐにゅごろごろと床に押しつけて転がす。

「ゆぼっ!!ぼぼっ!!ゆっぐ!!いだいっ!!ぼぶ!!ゆっぐりっ!!でぎだっ!!」 
「ゆっくりやめてね!!ゆっくりやめてね!!いたがってるよ!!やめてあげてね!!」

見ると、まりさの方がぽんぽん飛び跳ねて抗議していた。 
目から涙を流し、口の中の歯が何本か欠けていたが、八の字眉にしゃくれ口はそのままなのがシュールだ。

ちょっと思い立ち、足でれいむを転がして顔面を上に向けてから、大声で叫んでみた。

「ゆっくりしていってね!!」 
「「ゆっくりしていってね!!」」

れいむの顔もひどかった。 
やはり何本も折れた歯が口の中でちゃらちゃら言い、ゆひゅーゆひゅーと激しい息をついていたが、 
今の挨拶でゆっくりしたのか、まりさもれいむも涙を流しつつ明るい表情を浮かべている。

こいつら、面白い。

なんだか怒る気はなくなり、僕は二匹を元のダンボール箱に放り込んだ。 
言ってもどうせ無駄だから放っておき、四散した野菜を片付ける。 
農家のみなさんごめんなさい。今後は食べ物は高いところに置こう。


「ゆっくりごはんさんをさがすよっ!!」

どうやら全く懲りていないらしく、昼になる前にゆっくり二匹はまた叫び、 
ボール箱に体当たりを始めた。

先ほど食べ散らかされて生ゴミになった野菜のカスを、三角コーナーから救い出してゆっくり共の頭の上からぶっかける。 
すぐに「むーしゃむーしゃしあわせー!!」の声が聞こえてきた。

さて、僕は学校に行かなければならない。 
こいつらを放置していると、僕がいない間に部屋をどれだけ荒らされるかわかったものではないので、 
ガツガツ生ゴミをがっついている間に、ボール箱の蓋を閉めてしまう。

「ゆゆっ!!くらくなったよ!!まっくらさんだよっ!!」 
「ゆーっ!!くらいくらいはゆっくりできないよっ!!あいてね!!あいてね!!」

どうやら暗闇は怖いらしく、中の二匹が叫び、ぼすんぼすんとボール箱の内壁に体当たりしはじめた。

「あいてね!!あいてね!!こわいよ!!こわいよ!!ゆっくりできないよ!!」 
「ゆっくりしていってね!!ゆっくりさせてね!!くらいくらいはやめてね!!ゆっくりできないー!!」

叫び続ける二匹の声を聞きつつなんだか楽しい気分になりながら、僕はボール箱の蓋をガムテープで閉じた。


夕方になって帰ってきた時には、叫ぶ声は聞こえてこなかった。 
しかしボール箱に耳を当てて様子を窺うと、嗚咽が聞こえた。

「ゆぐっ……ゆぐっ……ゆっぐじでぎだい……」 
「ゆっぐじじだいよぉ……ゆっぐじ……ゆっぐじぃぃ………」

ガムテープを剥がして箱を開けると、中の二匹がこちらを見上げてパァッと表情を明るくした。

「ゆっゆーっ!!あかるくなったよ!!ゆっくりしていってね!!」 
「くらいくらいはゆっくりできなかったよ!!あかるくなったからゆっくりできるね!!ゆっくりしていってねー!!」 
「ゆっくりしていってね」

返事を返しながら、にやにや笑みがこぼれる。 
こいつら、箱を閉じたのが自分だということを認識していないのか。 
野菜にがっついている間に気づかれずに閉めたわけだが、原因を想像する、ということをしないのか。

「ゆっくりしていってね!!ゆっくりしていってね!!」 
「ゆっくりできるね!!さびしくないねっ!!ゆっくりーっ!!」

涙でびしょびしょになった顔を輝かせて飛び跳ねるゆっくり二匹。 
そんな二匹をにやにやと見下ろしながら、僕はダンボールに蹴りを入れた。 
すくい上げるような蹴りでダンボールはひっくり返り、中の二匹が転がり出す。

「ゆゆんっ!?びっくりーっ!?」 
「ゆーっ!!ゆっくりころがるよっ!!」 
「ゆっくりしていってね!」 
「「ゆっくりしていってね!!」」

転がってうろたえているらしき二匹に挨拶を投げかける。 
横倒しになったまりさと逆さまになっているれいむが笑顔で返事を返してくる。 
見ると、髪が動いていた。 
まりさの左側頭部にある黄色い三つ編みのおさげと、れいむの両側にぶら下がっている二本のもみあげが、 
いかにもうれしそうにぴこぴこと跳ねている。

すっかり嗜虐的な気分になった僕は、二匹をさらに蹴り、踏みつけた。

「ゆぶっ!?ゆばぁっ!!」 
「ゆ!?やめてね!!やめてね!!けらないでね!!ゆっくりやめぼぉっ!?」 
「ゆっぐじでぎだいよっ!!やべでね!!いだいよ!!いだいよ!!ぶぼおぉ!!」 
「あびっ!!ゆびいぃっ!?ゆっぐじ、ざぜでねっ!!ゆっぐじでぎだいよ!!やべでね!!やべでね!!」 
「ゆっくりしていってね!!」 
「「ゆっくりしていってねばびゅっ!!?」」

どれだけ虐げられても、ゆっくりしていってねと声をかけさえすれば大喜びで返事を返し、 
楽しげに白痴じみた笑顔を浮かべる。この人はゆっくりできる、自分たちをゆっくりさせてくれる、と。 
そこを即座に痛めつけ、急転直下の悲しみに叩き落とすのはなんとも言えない快感だった。

登校している間に、すでに心は決まっていた。 
受験勉強のストレスをこいつらで発散しよう。 
僕だって人並みにストレスを抱えていた。受験生のストレスは大きい。 
将来安定した仕事につくために、遊びたいのを我慢して机に向かい、 
周囲は勉強はどうした遊んでいる時じゃないぞお前のために言っているんだと顔を合わせるたびにしたり顔で説教する大人たち。 
別に普通のことで、みんなが通る道だとはわかっているけど、それでもいやーな気分になって沈みこむことは多い。

そんな時期に、こいつらと出会った。 
こいつらは世の中になんの不安もないというように、いつでもどこでもゆっくりする。 
いつも喜色満面、ごろごろだらだらとゆっくりすることになんの疑問も持たず、 
自分がゆっくりするのを邪魔されるわけがない、それどころか周囲が自分をゆっくりさせて当然だと思っているふしさえある。 
人間は将来仕事について毎日食事にありつく、それだけのためにこんなに辛い思いをしているのに。

「ほらほら、どうした!!逃げろよ!!僕はゆっくりできないぞ!!」 
「ゆんやあぁぁ!?やめてね!!いたいよ!!ゆっくりできないよ!!」 
「そうだよ、ゆっくりできないんだ、さあどうする、ゆっくりしたかったら考えろ、努力しろ、どうすればゆっくりできる?」 
「いだああぁぁ!!ゆっぐりじだいよっ!!やべでねっ!!おにいさん!!ゆっくりしていってねぇ!?」 
「僕に頼るなよ、自分で考えろよ、逃げるか?戦うか?なにか差し出すか? 
のんびりするためには努力が必要なんだぜ?競争に勝たなきゃ食事にはありつけないぞ、座る席もないぞ、彼女だってできないぞ」 
「ゆーっ!!ゆっくりしていってね!!ゆっくりしてね!!ゆっくりしてよぼぉっ!!」 
「だから他人に期待しちゃダメだって、アテにするなって、さあ自分で考えろよ、この状況をどうするんだ、考えてみろよ!」 
「わかんないよ!!わかんないいぃ!!ゆっくりしてよおぉぉぶばぁっ!?」 
「わかんないんなら無能だってことだな!無能は淘汰されるのが世のならいだぜ、恨むなよ、お前らもうゆっくりできないぞ!!」 
「「ゆんあああああーーっ!!?」」 
「おわっ!?」

泣きながらも八の字眉と逆八の字眉、しゃくれ気味の例の笑い顔を張りつけていた二匹が、 
ここで表情を大きく歪めて叫び、じたばたと暴れだした、というよりだだをこねだした。

「ゆっくりしたい!!ゆっくりしたい!!ゆっくりできないのはいやだよおおおぉ!!ゆっくりさせてよーっ!!!」 
「ゆっくり!!ゆっくり!!ゆっくりさせてね!!ゆっくりしたいよおおぉぉ!!」

どうやら、「ゆっくりできない(させない)」と言われるのが一番こたえるらしい。 
あのムカつく笑い顔を歪ませられたことが、いよいよ僕の興をつのらせた。

「……ダメだよ。ゆっくりできないんだよ」 
「いやだよぉーっ!!ゆっくりしたいいいぃぃ!!!」 
「したい、したいって、希望を僕に言われてもねぇ。君たちの希望を叶える義理なんてないしねぇ。 
ゆっくりしたかったら自分ですればぁ?」 
「おにいさんはゆっくりできないよ!!れいむたちはゆっくりするよ!!ゆっくり!!ゆっくりーっ!!」 
「ゆっくりにげるよ!!ゆっ!!ゆーっ!!」

二匹は僕に背を向けて、必死にぽむぽむと跳ね始めた。 
ようやく逃げるという選択肢を採る気になったようだ。

窓も玄関も締め切った家を、僕から逃げようと必死になって跳ね回るゆっくり二匹。 
そんな二匹の姿を見て僕はいよいよ楽しい気分になり、放置したまま、こうして日記をつけている。



○月○日


結局、昨日は日記をつけたあと、家の中を逃げ回るゆっくり二匹をのんびりと追いかけて虐めて回った。


「こないでね!!こないでね!!こっちにこないでね!!ゆっくりしたいよ!!」

廊下を跳ねるまりさにとことこ歩いて追いかけ続け、玄関の隅にゆっくり追い詰めてぐいぐいと足で踏みつけた。

「ゆ゛ぎゅうーっ!!ゆ゛ぶぶうーっ!!」

口のあたりを狙って踏みつける。口の皮に引っ張られて目が縦に延びている。鳴き声がまったく面白い。 
ぱきぱきと口の中で歯が折れる音がしたところで解放してやったが、なかなか形が戻らず、 
口を閉じてべっこりへこんだままぶるぶる震えて涙ばかり流していた。 
それでもしばらくしたら輪郭は元に戻っていた。不思議なものだ。歯は折れたままだったが。


「べばぁーっ!!」

狭い自室の中にれいむと二人きりで楽しいひとときを過ごした。 
僕は部屋の真ん中にあぐらをかいて座りこんでいるだけだが、 
四畳半程度の部屋の中ではゆっくりがどこに逃げてもちょっと腕を伸ばすだけで簡単に捕まえられる。

「ほうら、逃げないとゆっくりできないぞ~」 
「ゆびゅう!!ゆぶううぅ!!ゆっくりしだいで、にげるよっ!!そろーり、そろーり!!」

面白い習性がまたひとつわかった。 
相手に気づかれないで逃げようとするとき、「そろーりそろーり」と発声してずりずり這うのだ。 
目の前に相手がいるのに、そう発声するだけで気付かれていないつもりでいるらしい。 
当然、僕に掴まる。そして壁に投げつけられる。

「はーい、いらっしゃ~い」 
「ゆびゃばぁ!!」

壁に叩きつけられ、ずるずると床に滑り落ちていくれいむ。 
やはり歯が折れ、笑顔は消え、表情をぐしゃぐしゃに崩して泣きじゃくる。

「さ、もう一回投げちゃうぞ~、逃げなくていいのかな~?頑張れ、頑張れ」 
「ぼ、ぼう、ゆっぐじ、なげられだぐ、ないよっ……ゆっ、ぐじ、にげる、よっ………ぞろーり、ぞろーり……」 
「いらっしゃ~い」 
「ばびいぃ!!」

そろーりそろーりと言いながら目の前を横切ろうとするれいむを再び掴みあげ、壁とキッスを交わさせてやる。 
げほっ、ごほっ、と少量の赤黒いものがれいむの口から飛び出す。餡子か。部屋が汚れるけど、これぐらい構うものか。

「ゆ……ゆ゛…………ぞろー、り………ぞろー………」

ひいひい泣きながらナメクジのように遅々とした歩みで這いずるれいむに、ふと思いついて言ってやる。

「ゆっくりしていってね!!」 
「ゆっくりしていってね!!」

パァッと表情を晴れやかにするれいむ。 
その満面の笑顔が、ゆっくり、ゆっくりと沈み、泣き笑いになり、やがて歯をくいしばった泣き顔に変わってゆく。 
そう、もう二匹のゆっくりは学習していた。 
ゆっくりしていってねと言ってくれた。ゆっくりさせてくれる。これでゆっくりできる。 
言われた瞬間は本能的にそう喜ぶが、すぐに経験と記憶が反復される。 
そうだ、この人間さんはゆっくりできない。ゆっくりさせてくれないんだ、と。 
目の前でくっきりと起こる、その感情の振れが面白すぎて、僕は何度もこれをやるようになっていた。

絶望そのものの表情で涙を流し、ゆひっ、ゆひっ、と震えているれいむを、僕は大喜びでまた投げつける。


毎晩寝る前には、ボール箱の中に押し込んでガムテープで閉じてしまう。 
最初はゆっくりできないと泣き叫ぶが、すぐに泣きじゃくりに変わり、おとなしくなる。可愛いものだ。

ついつい没頭しそうになるが、しっかり勉強もする。ストレスを発散できているおかげではかどる。



○月○日


今日は寝過して、つい放置したまま学校に行ってしまった。 
帰ってからボール箱を開けると、ゆぐゆぐ泣きじゃくっている。 
箱をひっくり返して転がしてやると、「ゆっくりころがるよっ!!」などと叫んでいる。 
何かをするたびにいちいち宣言するという間抜けな習性が、虐待されている現状とミスマッチで面白い。

野菜屑をばらまいてやると、ガツガツと貪り喰う。 
喰っているところをシャーペンの先でつついてやる。

「むーしゃむー、ゆぎぃ!!いだいいぃ!!やべでえぇ!!」 
「しあわゆごぉっ!!?」

しあわせーと叫ぶまりさの口の中にシャーペンの先を突き入れる。 
したたかに喉を突いたようで、げほげほ激しくせき込みながら転げ回っていた。 
そこまでされても食事をやめようとしない。一つのことしか見えないんだろう。


ゆっくりと出会ってからそんなに日は経っていないのに、もう僕の行為はエスカレートしていた。 
学校で文房具を見かけるたびに、これは使えるな、これで虐めてやろうなどと考えていた。


ホチキスでれいむの舌をばちんばちんと挟む。

「いだっ!!いだいいぃ!!いぃぃだあああああぁぁぁ!!!」 
「いだがっでるよっ!!やべであげでねっ!!やべであげでねっ!!いだがっでるよおおぉ!!」

引っ張り出した舌はけっこう長く、30cmぐらいはあった。 
その舌をホチキスの針まみれにする。 
手を放しても舌はべろんと伸ばされたままだった。動かすだけで痛みが響くんだろう。 
そんなれいむの舌を掴んでぶら下げてやると、すごい悲鳴を上げてもるんもるんと尻を振っていた。 
「ゆっくりしていってね!!」と言ってやると、そんな状態でもきちんと「ゆっくりしていってね!!」と発声していた。 
どうなっているんだ。


チューブ入りの糊をまりさの口に流し込んでやる。

「ゆげっ!!ゆっげええぇぇ!!まずいいぃぃ!!これどくはいってるううぅぅ!!」

げえげええずこうとするまりさを抑えつけ、さらに糊を流し込む。 
ついでに左目にもべたべた塗りつけてやった。眼球をぐりぐり回しながらいい声で叫んでくれた。 
必死にチューブの先から逃げようとする黒目が面白い。 
体中に糊をまぶしたあげく、鉛筆削りに溜まった削りカスを全身に振りかけてやる。

「ゆい゛いいいぃ!!いやだああぁぁ!!ぎぼぢわづいよおおおぉぉ!!いだいよおおぉぉ!!」

とくに糊のたまった左目に削りカスをまぶしてやったときの声が傑作だった。 
そのまま動き回られて糊とカスをあちこちにこすりつけていったのには閉口したが。


思い立ち、二匹の底部、あんよに画鋲を刺してみた。

「ゆづううぅぅういだああああいいいいぃい!!」 
「いだーっ!!いだああーーっ!!ゆっぐじ!!ゆっぐじでぎだいいーっ!!」 
「ゆっくりしていってね!」 
「「ゆっくりしていってね!!」」

反応を楽しみつつ、動きを完全に奪うのもつまらないので、 
ちょうど五個ずつ、底部の中心と四隅に挿し、上からガムテープを貼って固定した。 
これで動くたびに痛みが走るというわけだ。

「さあ、おめでとう、これでお前たちはこれから一生、一秒たりともゆっくりできないぞ。よかったな!!」 
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!いやだーーーーっ!!いやだよおおおおぉぉぉお!!!」 
「ゆっぐじじだいよおおおおぉおぉ!!ゆっぐじじだいいいいいいいいい!!!」

泣きながら跳ね、這いずり、そのたびに画鋲の痛みにぼろぼろと涙を流して呻くゆっくり。 
その前で僕は腹をかかえて笑い続けていた。




○月○日


今、僕の生活はとても充実している。

ストレス発散のおかげで受験勉強は大変はかどり、センター試験ではいい成績を出せた。 
講師には志望校のレベルをワンランク上げてはどうかとまで提案された。

実際、辛い勉強も苦ではない。 
合間合間に、あの饅頭たちを虐待する楽しさが、勉学の辛さを吹き飛ばしてくれる。

あの二匹は、すっかり使い古してしまった。

「……ゆっぐ、り…………じだぃ………」 
「…………ゆ゛…………」

自室で机に向かっている僕の足の下には、ゆっくりまりさとゆっくりれいむが敷かれている。

二匹とも髪はほとんど抜け落ち、全身傷だらけ、 
べたべたと張り付いた各種のテープやらゴミやら刺しっぱなしのホチキスの針やらで汚れきっている。 
切り傷、黒焦げの火傷なんか数えきれない。 
死なない程度に短い鉛筆があちこちに刺さっている。 
目は耳かきでえぐり抜き、まりさの右目が残っているだけだ。 
生殖器があったので、シャーペンの芯やら爪楊枝やらまち針やらを突っ込んでいじくり回していたら、 
しーしーの穴とまむまむとあにゃるの三つともずたずたの状態でがばがばに開いたままになり、今は消しゴムが突っ込まれている。 
飾りを奪ってやった時が一番の大騒ぎだったが、目の前で切り刻んだあげく燃やしてやったら、 
廃人、もとい廃ゆっくりみたいになった。 
体のあちこちに刺さった異物が激痛をもたらすので、今ではほとんど動かない。 
それでも虐めればいい声を出すので問題ない。

すっかりぼろぼろだが、使い込んで愛着の湧いた可愛いやつらだ。

今日も勉強が一段落した僕は、二匹の前に屈みこんでこれからすることを説明してやる。

「ごめん、待たせちゃったね、僕のかわいいゆっくりちゃんたち! 
今日も沢山いっしょに遊ぼうな。今日はこんなのを持ってきたんだ」

学校から持ち出してきた糸鋸を二匹の前で振る。

「刃がサビちゃってるけど、これで面白いことができるかと思ってさ。 
これでさ、君たちの横からがりがり挽いていくよね、それだと真っ二つになっちゃって死んじゃうだろ。 
でも、刃がすっかり入ったところではしからオレンジジュースで直していけばさ、 
死なせないで刃を右から左に抜けさせることができるんじゃないかと思うんだ。もちろん中枢餡は裂けて、頭のほうをやるよ。 
失敗しちゃいけないから、一時間ぐらいかけてゆっくり、ゆっくりやってみるつもりだよ。 
大丈夫、死なないさ! 
すっ………………ごく、痛くてゆっくりできないと思うけどね」

説明を聞きながら、無表情の二匹はぷるぷるぶるぶると震えだし、その瞳からぼろぼろぼろぼろと涙があふれ出ていく。 
そういえばもうずっと、この二匹の笑い顔を見てないな。初めて会ったときにはあんなに顔に張り付いてたのに。 
ふとそう思った僕は、久しぶりにあの言葉をかけてみた。

「ゆっくりしていってね」 
「「ゆっくりしていってね!!」」



【おわり】