「ゆっ!ゆっ!ゆっ!ゆっ!」

またあの鳴き声がする。

このごろ、役所での勤めを終えて帰ってくると、家の中にあの生き物が侵入していることが多くなった。 
疲れた体に、さらに重い徒労感がのしかかってくる。



「そろーり!そろーり!」 
「いじわるなにんげんさんがいなくてよかったね!いまのうちごはんさんをさがそうね!」 
「おちびちゃんたち、おとうさんからはなれないようにしっかりついてくるんだぜ!」 
「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!ゆっ!ゆっ!」 
「ゆっくちきゃりをしゅるよっ!しょろーり!しょろーり!」

何回追い払っても、何回頼んでも、あいつらはこっちの都合などお構いなしにやってきては、 
食べ物を探して家中を引っかき回し、床や畳に泥をなすりつけていく。

「ごはんさん、ゆっくりでてきてね!ゆっくりまりさたちにむーしゃむーしゃされてね~♪」 
「おきゃーしゃん!れいみゅ、あみゃあみゃしゃんほちいよっ!あみゃあみゃしゃんたべちゃい!!」 
「ゆふふ、おちびちゃんはいいこにしてたから、きょうこそきっとあまあまさんがでてきてくれるよ!! 
こんなにゆっくりしたおちびちゃんたちだもんね!!」 
「ゆーっ!まりしゃたち、いいきょいいきょだよっ!!」 
「ゆんゆん、あのあまあまさんのあじはわすれられないよ! 
あまあまさん、いじわるしないでね!!おちびちゃんたちがおなかをすかせてるよっ!!」 
「あまあましあわせーっ!!だね!!」「おなきゃ、ぺーきょぺーきょだよっ!!ゆゆーっ!!」 
「かべさん、いじわるしないであいてね!ゆっ!ゆっ!」

ずりずり、と襖を開ける音が奥から聞こえる。 
あの気持ちの悪い、長い舌を伸ばして、ほんのわずかの隙間があればゆっくりは襖を開けてしまう。

「ゆーん、まりしゃうんうんしちゃくにゃってきちゃよっ!」 
「ゆっ!じゃあうんうんはここでしようね!ずーり、ずーり……さ、おちびちゃん、じょうずにうんうんできるかな?」 
「ゆ~っ!ゆっ、ゆんっ、ゆっ……うんうんちゅっきりー!!」 
「ゆっ!げんきいっぱい、ゆっくりうんうんさんがでたねっ!!えらいえらいだよ!!」 
「ちょっと!」

襖を勢いよく開くと、居間の惨状が目に飛び込んでくる。 
卓袱台の上のものがあらかた下に落とされ、箪笥の低い引き出しが引っ張り出されて中のものをぶちまけられ、 
新聞や雑誌類が引きちぎられ、座布団の上に排泄物が散らばっている。 
ここまでやっても、こいつらには悪いことをしているという意識がまったくないのだ。

「あんたたち、もう来ないでって言ったでしょ!!」 
「ゆわあぁぁ!!いじわりゅしゅるにんげんしゃんだあああぁ!!」 
「おきゃーしゃん、きょわいよおぉ!!」

ことに小さい二匹の子ゆっくりが、両親の元に跳ねていき、その後ろに隠れる。 
両親は空気を吸い込んで全身を風船のように膨らませ、こちらを威嚇してきた。

「ゆうーっ!!にんげんさん、またきたのおぉぉ!? 
おちびちゃんたちにはてだしさせないよっ!!いいかげんにゆっくりあきらめてね!!」 
「ゆーっ、おちびちゃん、だいじょうぶだよ!! 
おかあさんたちがいじわるなにんげんさんからぜったいにまもってあげるからね!!」 
「子供なんかどうでもいいわよ! 
あたしの家に勝手に入ってこないでって言ってるの!」 
「なんでそんないじわるいうのおおぉ!?」 
「れいむたち、ゆっくりしたいだけだよっ!! 
あまあまさんのひとりじめはよくないよっ!!あまあまさんわけてね!!」 
「あれはあたしたちが働いて買ったものなの!欲しかったら自分で働いて買いなさいよ」 
「ゆーっ!!まりさがんばってるよおおぉ!!」 
「まりさがまいにちどんなにがんばってかりをしてるかもしらないのに、しつれいなこといわないでねっ!!」 
「まいにちもりをいっぱいさがしてるけど、あまあまさんはぜんぜんみつからないよっ!! 
にんげんさんがぜんぶひとりじめしてるからだよ!!ぷくーっ!!」 
「ひとりじめしないで、みんなでなかよくわけようね!!いっしょにゆっくりしようね!!」

言葉は同じものを使っているのに、これほど通じ合えないのに苛立つ。 
どれだけ人間の仕事について説明しても、ゆっくりにとっては森の中での生活の外はまったく想像の埒外にあるようで、 
自分たちが頑張っても手に入らないものは、 
自分たちの能力が足りないのではなく、誰かがズルをしているという認識になるらしい。 
これだけ弱いくせに、世界中のすべてのものに手が届くと思っているようだ。

両親の後ろでぷるぷる震えている子ゆっくりが顔を上げ、なにか鳴いている。

「ゆぅぅ……おきゃーしゃん、にんげんしゃん、はんちぇいしてくれちゃ?」 
「ゆっ!まだだよ、おちびちゃん!でも、もうちょっとでにんげんさんもわかってくれるからね! 
ゆっくりまっててね!!」 
「ゆんっ!ゆっくちわかっちゃよ!!」 
「ゆっくちおちえてあげちぇにぇっ!!」

また後ろを向いて頭を床に伏せ、尻をこちらに上げてぷるぷる震えだす子ゆっくり共。苛立ちがさらに募る。

「にんげんさん、ゆっくりしてね!なかよくゆっくりしようね!!」 
「あまあまさんわけてねっ!!かわいいおちびちゃんたちをゆっくりさせてあげようね!!」 
「嫌よ。いいから出てって!あんたたちの子供なんか可愛くないわよ」 
「どぼぢでぞんなごどいうのおおおぉぉ!?」

またこれだ。「どぼぢでぞんなごどいうの」。 
ちょっとでも都合の悪いことやわからないことを言われると、これでごまかす。 
相手の主張をごまかしてやり過ごし、また自分の主張を繰り返して、聞く耳持たずにひたすら持久戦。 
人間にもこういうやつがいるが、絞め殺したくなる。

向かい側の襖の奥から、娘がお菓子の入った皿を持って姿を現した。

「あっ、お母さん……」 
「美菜、あんたねぇ!」 
「ごめんなさい………」 
「ゆっ、みなちゃん!!あみゃあみゃしゃんちょうだいにぇっ!!」 
「あみゃあみゃしゃんあみゃあみゃしゃん!!いっちょにゆっくちちようにぇ!!ゆっくちだよ!!ゆっくち!!」 
「みなちゃん、まってたんだよぉぉ!!あまあまさんちょうだいね!!なかよくしようねっ!!」

小学校に上がる前の小さな娘に、ゆっくり共が跳ね寄って群がる。 
お前らが娘の名前を気安く呼ぶな、とつい叫びそうになるが、娘の手前、外面を気にしてしまう。

やっぱりか。 
何度も言ったのに、娘はゆっくりの事になると聞き分けがない。

「美菜、あんたまたゆっくりに餌あげてるわね!」 
「う、ううん」 
「その手に持ってるじゃない!もうホントやめてよ、掃除するのはお母さんなのよ?」 
「ゆーっ、ゆっくりできるにんげんさんをいじめないでねっ!!ぷんぷん!!」 
「どうしてそんなにわからずやなのっ!?れいむおこるよ!ぷくーっ!!」

ゆっくり共が私と娘の間に立ち、またこちらを威嚇してくる。

この小さな町にゆっくりが現れたのが数週間前。 
全国的に姿を現し、話題になっている謎の生物がここにも姿を見せたということで、 
最初の頃こそ町は盛り上がった。

まるまるとした輪郭に、子供のような甲高いころころした声。 
一見かわいらしいその姿に、女子供は歓声をあげた。

我が家でも、最初は私も娘も、喜んでその闖入者を迎え入れた。 
庭に迷い込んできた野良の一家を歓待し、一緒に遊んでやり、菓子まで与えてしまった。

初めの頃は歓迎されていたゆっくり達も、 
時間がたつにつれてその厄介極まる性分が明らかになってゆき、みなが疎んじはじめた。

与えられた菓子の味をしめた野良の一家は、毎日家にやってきた。 
母子家庭であまり娘にかまってやれず、さびしい思いをさせてしまっている後ろめたさもあり、 
娘の遊び相手になるならと、つい甘い顔をしてしまった。 
結果、野良の一家は気軽に家に上がりこんでくるようになった。 
私がいるときはまだいいが、いないと見れば縁側から裏口から上がりこみ、 
お菓子を探して家中を荒らし回る。 
帰ってきた私に見つかっても全く悪びれもせずにあまあまちょうだいの大合唱。 
人の家に勝手に上がりこんで荒らしても、まるで悪いことだと思っていないのだ。 
そもそも、ゆっくりにとっては広大だろうこの家が、家だと認識されているのかどうか。 
狩り場のひとつぐらいにしか思っていないのかもしれない。 
娘もすっかりゆっくりの味方で、要求されるがままにお菓子を与えてしまっている。 
戸締りをしても、娘が友達の来訪を期待してわざと開けてしまうのでは意味がなかった。

とにかく厄介なのが、「悪気がない」ということだ。 
娘の人恋しさにつけこんで、実質お菓子の引き出し口程度の扱いをしているのだが、 
ゆっくり自身は、自分たちがあまあまをむーしゃむーしゃしてゆっくりできれば、それでみんながゆっくりできると思っている。 
ただ菓子をたかり、「まじうめっ!ぱねぇ!むーしゃむーしゃしあわせー!!」とわめいているだけなのに、 
みんなで仲良く楽しいひとときを過ごしている気でいる。 
だから私や娘に対して、全く悪びれずに、堂々とあまあまよこせと言ってくる。持ちつ持たれつのつもりらしい。

人間の言葉を使っているから、ついつい人間と同レベルのメンタルを期待してしまう。 
その実、ゆっくりという生き物は、恐ろしいほどに想像力も感受性もなく、 
すべて自己中心的な思考で、自分さえゆっくりできているならみんなが幸せなはずだと確信している。 
悪意があるわけではない。ただひたすら徹底的に低能なのだ。

しかしその悪意のなさが災いして、誰もが大っぴらにゆっくりを潰したがらなかった。 
言葉の上だけとはいえ、「みんなでいっしょにゆっくりしようね」と平和主義的なことを言ってくる生き物に対して、 
非情になれる人間は今の時代そう多くない。 
あるいは周囲からの視線を気にして、やはり残酷な手段に訴えかけることができない。

「とにかく出てって!ここはあたしの家なの、勝手に入らないで!」 
「ぷくーっ!!いじわるなにんげんさんこそあっちいってねっ!!」 
「れいむたちゆっくりしたいだけだよ!!あまあまさんひとりじめはゆっくりできないよっ!!」 
「ああ、もう!!」

わかってはいたが、全く会話が成立しない。 
どんな些細な会話にも、相手の思考を計る想像力は必要なのだと思い知らされる。

私もまた、娘の前では強硬策を取れずにいた。 
まるでテレビアニメの中から飛び出してきたかのような牧歌的な形状で笑顔を振りまくゆっくり。 
そんなものを叩き潰す母親の姿を、まだたった五歳の娘の前では見せたくない。情操教育に悪そうだ。 
この、ゆっくりという生き物自体、情操教育の面で害が大きそうな気がする。

結局、娘を奥に下がらせた後、 
軍手をはめた手で強引に掴み出し、外の道に抛り出した。 
その後家中をしっかり締め切ったのだが、ゆっくり共の声が夕方になるまで聞こえ続けていた。

「どぼじでごんないじわるずるのおおぉぉ!!?ゆっくりさせてね!!ゆっくりしようね!!」 
「ゆっくりしてね!!ゆっくりしてね!!むかしのやさしいおねえさんにもどってよおおぉぉ!!」 
「ゆわああぁん!!おにゃかちゅいちゃああぁぁ!!」 
「むーちゃむーちゃしちゃいよおぉぉ!!ゆっくちしちゃいよおおおおぉぉぉ!! 
にゃんでまりしゃちゃちをゆっくちさせちぇくれにゃいのおおおぉ!!?」

ゆっくりしたかったら自分でしろ。 
寝る前のわずかな休憩時間のために、こっちは一日何時間も働いているのだ。 
ゆっくりは他人に要求するものだと思っている、こういう生物を見ていると心底頭にくる。

娘はゆっくり共の声を気にして、おどおどとこちらの機嫌を窺う。 
こんな生活がもう一カ月近くも続き、私はいいかげん限界だった。 
もういっそ全部潰してしまおうか。 
そんな事を考えはじめた頃、助けはやってきたのだった。


「おお、ゆっくりゆっくり」

いつものように家に侵入してきたゆっくり共を追い払おうとしていたその日の夕刻、 
突然別のゆっくりが庭に飛び込んできた。

「おお、たかりたかり」 
「おお、おろかおろか」

しかも三匹。見たことのない種類だが、三匹とも同種のようだ。 
頭に赤く小さな帽子を載せ、帽子からは白いボンボンのようなものが連なってぶら下がっている。 
おそろしく素早く、まりさやれいむ種とは比較にならない。 
なぜか頻繁に首を(つまり全身を)左右に激しくヒュンヒュンと振っていて気ぜわしい。

なにより驚いたのは、たかりに来ていたゆっくり共の反応だった。

「「「「き、き、き、きめぇまるだああああああぁぁぁ!!!!」」」」

まるでこの世の終わりが来たかのような激しい狼狽を見せ、大口をあけて悲鳴をあげていた。

「どうも。きもくてうぜぇきめぇまるです(ヒュンヒュン)」

きめぇ丸と言うらしい、そのゆっくりの一匹が前に出て、激しく首を振りながらゆっくり一家に接近する。 
距離が狭まるにつれてゆっくり共はさらに甲高い悲鳴をあげ、必死になって逃げようとしはじめた。

「ゆああああああきめぇまるはゆっくりできないいいいい!!!」 
「こないでねっ!!こないでねっ!!きめぇまるはこっちこないでねっ!!あっちいってね!!」 
「きょわいよー!!ゆええぇん!!」 
「ゆびいいぃぃ!!ゆっびいいいぃぃ!!」

子供二匹のほうは小便を漏らしはじめた。

「おお、ぶざまぶざま」 
「おお、おろかおろか」 
「おお、のろまのろま」

いよいよ激しく首を振りながら、四方のうち三方からじわじわと取り囲むように接近しはじめるきめぇ丸三匹。

「ゆあああああぁぁぁ!!やだ!もうやだ!!おうぢがえるううううう!!!」 
「おちびちゃんたちおかあさんのおくちにひなんしてねえええ!!」 
「ゆっ!!ゆっ!!ゆっ!!ゆっ!!」

ゆっくり一家は恐慌をきたし、唯一開いている方角から一目散に逃げ出していってしまった。

「どうも。きもくてうぜぇきめぇまるです(ヒュンヒュン)」

呆然としている私に、きめぇ丸が向きなおってまた挨拶してきた。

「あ……さっきも聞いた」 
「おお、そこつそこつ。さいなんでしたね」 
「のらゆっくりにあまあまをあたえると、あんなふうにつけあがります。おお、ちゅういちゅうい」 
「あ、うん……」

敬語を使い、(比較的に、だが)知性を感じるそのゆっくりをまじまじと見る。 
顔のパーツがやけに上部に偏っており、目は細められて斜に構え、口はにやにやと薄ら笑いを浮かべている。 
自分たちで言っているとおり、うざい。

「あらためて、はじめまして。きもくてうぜぇきめぇまるです(ヒュンヒュン)」 
「三回目」 
「おお、かんべんかんべん。ほんじつは、えいぎょうにやってまいりました」 
「営業?」 
「はい。わたしたちは、きもくてうぜぇきめぇまるのしまいです(ヒュンヒュン)。 
さんびきあわせて、『きめぇさんれんせい』とおよびください」 
「はぁ」 
「ごぞんじのとおり、このごろのらゆっくりのひがいがおおくなっています。 
やつらはあまあまをもとめて、にんげんのみなさんのいえにしんにゅうし、いえをあらしまわります。 
しつれいながら、せんじつからようすをうかがっておりましたが、たいへんおこまりのごようすとおみうけしました」 
「ああ、うん、そうなのよ。でもあなたたちが追い払ってくれたから……」 
「いいえ、やつらはまたやってきます。あのていどでは、すぐにわすれてしまうでしょう」 
「そうなの?」 
「おお、とりあたまとりあたま。ですので、わたしたちは、そんなのらゆっくりどものくじょをおひきうけしています」 
「駆除って」 
「まあ、やりかたはいろいろですが、あのいっかをこのいえににどとちかづかないようにいたします。 
そのおれいに、おやさいをすこしわけていただいています」 
「お野菜?どれくらい?」 
「それはそちらのおきもちにおまかせします。こんごたかることもなく、いちどいただけばきれいにせいさんいたします」 
「おお、とりひきとりひき(ヒュンヒュン)」「おお、もちつもたれつ(ヒュンヒュン)」

首を振りながら、実に簡潔極まる取引を持ちかけてくるきめぇ丸たち。 
あのまりさやれいむに比べれば、感動的なほど筋の通った「もちつもたれつ」だった。

「もちろん、そうしてくれたらとても助かるし、お野菜ぐらいお礼にあげるけれど。 
でもあなたたち、ゆっくりなのよね?あの連中とはだいぶ違うのねえ」 
「おお、きしょうしゅきしょうしゅ(ヒュンヒュン)」 
「希少種?」 
「ゆっくりといってもいろいろです。ほとんどはあいつらのようにむのうばかりですが、 
わたしたちきめぇまるのように、すこしはまともなのもなかにはいます。すくないですが」 
「ゆかり、てんこ、えーき、かなこ、かずはすくなくてもしゅるいはおおいのです。 
しゅるいでかぞえれば、まりさやれいむのようなむのうはゆっくりのなかでもめずらしいといっていいです」 
「とにかくあたまかずはおおいですけれどね。おお、おさかんおさかん(ヒュンヒュン)」

そういうものなのか。 
パッと見では、このきめぇ丸たちは意志の疎通は問題なくできるようだ。 
こういうゆっくりが大多数を占めていれば、人間にとってゆっくりは歓迎すべき仲間たりえたのかもしれない。 
好奇心も手伝い、あまり深く考えないまま、私はそのきめぇ丸の取り引きに応じてみることにした。

「それじゃあ、お願いしてみるわ。その……駆除?」 
「おお、せいりつせいりつ。ありがとうございます」 
「報酬のお野菜は後払いでいいのかしら」 
「もちろんです。これからいっしゅうかんのうちにくじょをすませます。 
いっしゅうかんがたったらまたきます。そのいっしゅうかんのあいだ、 
いちにちでもあのいっかがここにきたら、くじょはしっぱいです。おれいはいりません」 
「そう、一週間あの一家が来なかったら成功ってわけね」 
「おお、そうですそうです。それではわたしたちはこれでしつれいいたします。 
いっしゅうかんごにまたまいりますので、よろしくおねがいします」 
「はい。期待してるわね」 
「おお、おまかせおまかせ。それではごきげんよう、おじゃまいたしました(ヒュンヒュン)」 
「おお、かんしゃかんしゃ(ヒュンヒュン)」 
「おお、ごきたいごきたい(ヒュンヒュン)」

首をヒュンヒュン振りながら、やたら素早い身のこなしできめぇ丸達は去っていってしまった。うざいなあ。

ゆっくりにはあんなのもいるのか。 
随分と変な生き物だけれど、れいむやまりさ種を見たあとだとなんとも賢く見える。 
人間に餌をたかるゆっくりがいる一方で、 
そのゆっくりを駆除することで人間から報酬をもらい生計を立てているゆっくりもいるということらしい。 
どちらも人間を利用していることに変わりはないが、後者のほうがうまくやっていると言えそうだ。

信用していいものかどうか判断しかねたが、どうせ騙し取られるとしてもたかが野菜だ。 
とりあえず好奇心も手伝い、私は成り行きを見守ってみることにした。


―――――――


「ゆぅ~~……さいっなんっだったよ……」 
「きめぇまるはゆっくりできないよ………」 
「「ゆえ~ん!ゆえ~ん!!」」

まりさとれいむは、ずりずりと這いながらようやく巣に帰りついていた。 
全速力できめぇ丸から逃げ出した後、森の中の木の根元にくり抜かれた穴倉に滑り込み、 
ほとんど体力を使い果たした状態でぐったりと息をつく。 
泣きわめく子供たちを、れいむは疲れた体に鞭打ってぺーろぺーろで慰めはじめた。

まりさやれいむのような通常種のゆっくりにとって、天敵は多い。 
他種の生物はもちろんだが、同じゆっくりにも恐ろしい相手がいる。 
今日遭遇したきめぇ丸もそうだった。

きめぇ丸は、ゆっくり種としては異常に身のこなしが素早く、頻繁にヒュンヒュンと左右に動いている。 
通常種のゆっくりの動作は文字通りゆっくりしたものであり、 
また、本能的にゆっくりしていない動きを嫌う性質がある。 
きめぇ丸ほど素早い対象となると、その動きを見ているだけで非常なストレスとなり、 
気分が悪くなって、ときには致死量の餡子を吐くことさえある。

さらに悪いことには、きめぇ丸はれみりゃやふらんと同じく、捕食対象(食べはしないが)をいたぶることを好む習性がある。 
わざわざ獲物のゆっくりを見つけてやってきては、素早い動きで周囲を動き回り、苦しむ相手を見て喜ぶのだ。

「どうしてあんないじわるするの?いじわるはゆっくりできないのに……」 
「れいむたち、なんにもわるいことしてないのにね………」

泣き疲れて眠ってしまった子供たちをもみあげで撫でてやりながら、れいむが嘆息する。 
他者が苦しむのを見て喜ぶなんて理解できなかった。 
まりさもれいむも、ただみんなで仲良くゆっくりするのが好きなだけなのに。 
なにも悪いことをしてないまりさ達をいじめるきめぇ丸が、もちろん憎かったし、哀れでさえあった。

「あんないじわるするより、みんなでいっしょにゆっくりしたほうがゆっくりできるのにね……」 
「ゆぅ~~……そうだよ、それがほんとうのゆっくりなんだよ。 
それぐらい、こんなにちいさなおちびちゃんたちだってわかってるよ」 
「あのいじわるなにんげんさんだって、あまあまさんをひとりじめしちゃいけないんだよ。 
みんなでなかよくわけあって、なかよくむーしゃむーしゃするのがいちばんなのに……」 
「みんな、どうしてそんなこともわからないんだろうね………」

視線を交わしてから悲しげに目を伏せ、、まりさとれいむの夫婦はため息をついた。


しばらくの間、巣の中の空気は沈み込んでいたが、 
やがてれいむが顔を上げ、笑顔を作って言った。

「ゆっ!なやんでいてもしかたがないよ!ゆっくりごはんさんにしようねっ!!」 
「ゆっ!そうだね!あまあまさんはまたあしたもらいにいけばいいよ!! 
きょうはおとっときのかきさんをむーしゃむーしゃしようね!!」 
「ゆわぁ~い!!おちびちゃんたち、ゆっくりおきてね!むーしゃむーしゃたいむだよっ!!」 
「ゆ、ゆぅ……?ゆ!ごひゃんしゃん!!」 
「むーちゃむーちゃしゅる~!!」

食事と聞き、子供たちが目を輝かせる。 
可愛いもみあげをぷるぷる震わせ、よだれを垂らして熱のこもった視線を向けてくる子供たちに頬をゆるめ、 
まりさは巣の奥にとってある果物を取りに這いはじめた。

ぼとり

その時、巣の中に飛び込んできたものがあった。

「ゆゆっ?」

家族が視線を向ける。 
投げ込まれたそれは、葉っぱに包まれた小包だった。

「ゆゆーん?なんなの?」

まりさがそれを見定めようと近づいたが、触れるまでもなく内容物は知れた。

「ゆ゛っ!!ゆぶうぅっ!!?」

悪臭。 
日常で親しんでいる、誰もがよく知るなじみ深い臭い、しかし耐え難い悪臭。 
紛うかたなき排泄物、うんうんの色濃い臭いがその小包からは発せられていた。 
予想せぬ悪臭の刺激に、まりさは一時えずいてしまう。

「ゆげっ!!ゆぶ!!ぐじゃいいいいぃぃ!!」

涙を流してその小包から距離を取ろうとしたまりさは、家族の惨状に気づいた。

「ぐじゃいいいぃぃ!!ぐじゃあああああいいいぃ!!」 
「ゆびぇええええええん!!ゆっぐぢでぎにゃいいいいいぃぃ!!」 
「ぐじゃいよおぉぉ!!がだぢゅげぢぇええええぇぇゆぶっ!!ぶぶぅ!!」 
「ああああああ!!おぢびぢゃん!!あんごはいぢゃだべえぇぇ!!」

大人でさえ吐いてしまいそうなうんうんの悪臭に、小さな子供たちが激しく嘔吐しはじめていた。 
これでは、吐く餡子がすぐに致死量に達してしまうだろう。 
普段なら絶対にできないようなことだったが、子供のためにまりさは勇気を振るい、 
その小包に駆け寄って、結ばれた葉っぱの茎の部分を咥え上げた。

可愛い赤ちゃんたちのうんうんの処理なら、数えきれないくらいこなしてきた。 
だが、誰のものとも知れないうんうんは、赤ちゃんたちのそれとは比べ物にならない不快感と悪臭でまりさを苛んだ。

「ゆ゛ぐっ……ゆぐぶふうぅ……!!」

涙目になりながら、息を止めて大急ぎで外へ向かう。 
外に出て、なるべく遠くの茂みに小包を投げ捨ててしまうと、まりさは深い深い息をついた。

次に、こんなひどい悪戯をしたのは誰だ、という疑問に思い当たる。 
反射的に周囲を見渡すと、家の正面方向、やや高台の土手に並ぶ木々の間から、そのゆっくりの姿が見えた。

「!!………ゆ、き、き、きめぇまるだあああぁぁ!!!」

怖気をふるい、まりさは大急ぎで巣に駆け戻った。

「きめぇまる!?ほんとなの!?」 
「ゆぅ………とおかったけど、あれはたしかにきめぇまるだったよ………」 
「おちょーしゃん、ぺーろぺーろしちぇー!」 
「ゆえぇぇん!!ゆえぇえん!!」

悪臭の余韻に泣きながらしがみついてくる子供たちにすりすりしながら、まりさはれいむに報告した。

「それじゃあ、あのうんうんさんもきめぇまるが………?」 
「ゆ………そうだとしかおもえないよ………なんでこんなことするの……」

きめぇ丸がやることとしては、多少違和感もあった。 
身体能力で大きく通常種に勝るきめぇ丸が、わざわざ隠れてこんな嫌がらせをする意義が思い当たらない。 
正面からやってきて危害を加えればいいだけじゃないのか?

そこまで具体的に思考を回したわけではないが、そういう漠然とした違和感をまりさは感じていた。 
しかし、考えてもわからないものは仕方がないので、可愛いおちびちゃんをなだめるのに集中することにする。

「おちびちゃんたち、もうあんしんだよ!おとうさんがついてるからね! 
ゆっくりなきやんでね、すーりすーり……」 
「ゆぇぇ~ん!!ゆぇぇ~~ん!!」

しかし、その嫌がらせはそれだけでは終わらなかった。


その時から、一~二時間おきに、巣の中にゆっくりできないものが投げ込まれた。 
うんうんはもとより、腐りきった果物や小動物の死骸など、どれもこれもゆっくりできない物ばかりであり、 
ことに一番ゆっくりできなかったのは、真新しい死臭のしみ込んだ同族の飾りだった。

「ゆげえええぇぇ!!ゆっぶげええぇぇ!!」

読者諸兄には、蛆がわきねばついた脳漿をしたたらせる人間の生首を想像していただければ、 
現在のまりさ達が感じている不快感にかなり近い。 
これには両親も大泣きし、激しく嘔吐したが、死の危機に瀕する子供たちのために、やはり口に咥えて捨てなければならなかった。

小包を外に投げ捨て、周囲を見渡せば、 
決まってきめぇ丸が遠くの土手に隠れてにやにやとまりさを見下ろしていた。

嫌がらせは深夜にまで及び、投げ込まれるたびに家族は安眠を妨げられ、激しくえずいた。 
ゆっくりできるすーやすーやをこのうえなく好むゆっくりにとって、夜通しの安眠妨害は非常なストレスとなった。 
ついには、相手が恐ろしいきめぇ丸だということも忘れ、まりさが叫んだりもした。

「どぼじでごんなごどずるのおおおおぉぉぉ!!!ずーやずーやでぎないでじょおおおおおぉぉっ!!? 
ぢいざなおぢびぢゃんだぢだっでいるんだよおおおおぉぉぉ!!!」

きめぇ丸は答えず、ただ遠巻きににやにや眺めているばかりだった。


「ゆ゛ぐっ………ゆ゛ぐっ………ねぶいよおおぉぉ………」 
「ゆっぐぢでぎにゃがっだよおおぉ……」 
「ゆ゛えええぇぇん!!ゆ゛えええぇぇぇえ~~!!!」

目の下にクマを作り、色濃い疲労を体に残しながら一家は朝を迎えた。 
結局、朝まできめぇ丸の嫌がらせは続けられた。 
身体能力に優れるきめぇ丸は、れみりゃなどの夜行性の捕食種を恐れる必要がなく、夜通しの活動が可能である。 
そしてどうやら、心当たりのある三匹が全員同時に現れる場面がなかったことから、 
交代制で一家の嫌がらせに当たっているようだった。

必死に子供たちをなだめるれいむの顔にも、疲労の色がありありと見てとれる。 
それより大きな問題は、食糧の備蓄が予定よりずっと早くなくなってしまったことだ。

本来、眠っている間なら空腹を忘れていられる。 
しかし、頻繁に目を覚まさせられて意識を覚醒させた結果、 
真夜中の強い空腹感に耐えられず、主に子供の泣きながらの要請に従い、備蓄を切り崩してむーしゃむーしゃしてしまった。 
あと一日二日は余裕で持たせられたはずの食糧は、 
今朝食を済ませたところで全て消費しつくした。

「ゆぅ………まりさ、かりにいってくるよ………」 
「ゆ……ゆっくりいってらっしゃい………」

いつもならいってらっしゃいのちゅっちゅをしてくるれいむも、沈んだ声で送り出すばかりだった。 
子供たちは父親に声をかける余裕もなく、目を閉じてすーやすーやしようとしている。 
愛しい家族を見回した後、まりさは食糧調達のために、疲れた体に鞭打ってずーりずーりと這いはじめた。


「「「ゆ゛ぎゃあああああぁぁぁ!!!」」」 
「ゆうぅっ!?」

家からさほど離れないうちに、家族の悲鳴が背後から聞こえてきた。

「き、き、きめぇまるだあああぁぁぁ!!!」 
「だじゅげぢぇえええおどーじゃああああん!!!」

見ると、我が家の入り口にきめぇ丸が顔を突っ込み、口に咥えた枝で中を探っている。 
家の中の家族は甲高い悲鳴を上げ、父親たる自分に助けを求めていた。

足がすくむ。 
相手はあのきめぇ丸だった。 
自分が立ち向かったところで何ができるのか。 
なぶり殺され、家族は守れず、結局死ぬゆっくりが一人増えるだけではないのか。 
それならここで自分だけでも逃げ出したほうが。

まりさの理性はそう訴えかけてきたが、ゆっくりは理性よりも感情に従う。 
そしてまりさの感情は、納得ずくで自らの死を選んだ。

「ば、ば、ばりざのがぞくはぜっだいにまぼるよおおおぉぉ!!」

がくがくとすくむあんよに鞭打ち、まりさは意を決してきめぇ丸目がけて突進した。

当のきめぇ丸は、まりさが叫ぶのと同時にまりさの方に向き直り、枝を構えた。 
ああ、自分はあの枝に突き殺されるのだ。 
それを自覚しながら、それでもまりさは、万にひとつの可能性に賭けて飛び跳ねていった。

体当たりを仕掛けるその刹那、きめぇ丸が飛びすさっていた。 
まりさの体当たりは空を切り、きめぇ丸はゆっくりのあんよで三歩ほどの距離を開けてにやにやとまりさを見ている。 
それだけで、自分からまりさに仕掛けてこようとはしなかった。

「ゆ゛、ば、ばりざのがぞくにちかづかないでねっ!!!ぷくーっ!!!」

自慢のぷくーで膨れあがり、涙目ながらもきめぇ丸に威嚇を行う。 
きめぇ丸はにやにやと薄ら笑いを浮かべるだけで何もしてこない。

しばらくの間、必死の思いでまりさは体をより大きく膨らまそうと躍起になっていたが、 
きめぇ丸は依然として動こうとはせず、状況は進展しなかった。

「ぷひゅるるるる……こないでねっ!!こないでね!? 
こないの?こないよね!?まりさのぷくーにおそれをなしたんだねっ!!」

全く動かないきめぇ丸に、希望的観測の多分に入った確認をするまりさ。 
きめぇ丸はやはり答えない。もしかして本当に、本当にまりさのぷくーが功を奏したのか? 
まりさの脳裏に希望がひらめきはじめた。

「ゆっ!!わかったらもうこないでねっ!!あっちいってね!! 
にどとまりさのかぞくにてをだしたらまたぷくーするからねっ!!?」

きめぇ丸に通達し、家の中の家族に笑いかける。

「ゆっ!!もうあんしんだよ!!こわいきめぇまるはおとうさんがおどしておいたからね!!」 
「ゆゆぅぅ!!すごいよぉ!!さすがれいむのまりさだよお~~♪」 
「「おちょーしゃんしゅごーい!!」」

安心して笑顔を浮かべる家族に笑いかけ、まりさは離れているきめぇ丸に鋭い視線をぎらりと投げかけてから、 
再び狩りに出かけるべく跳ねはじめた。


「ゆ゛ぎゃああああああぁぁぁぁ!!まだぎだあああぁぁぁ!!!」 
「やべぢぇ!!やべぢぇ!!ごにゃいでえぇぇ!!おぢょーじゃあああああんん!!」 
「ゆぅうううう!?まだこりてないのおおおぉぉ!!!?」

すぐまた、家族の悲鳴が響き渡る。 
まりさが少し離れた時点で、全く動かなかったきめぇ丸が再び家の中を枝でつつき出したのだった。

すぐに踵を返し、怒声とともにきめぇ丸に体当たりを仕掛ける。 
きめぇ丸はやはり跳びすさり、まりさと距離を置いてにやにやと薄ら笑いを浮かべた。

「どうしてやくっそくっ!!をやぶるのっ!!? 
またぷくーするからねっ!!わるいのはそっちだよっ!!ぷくーーーっ!!!」

先ほどよりもずっと大きな(はずの)ぷくーをきめぇ丸に見せつける。 
きめぇ丸はやはり動かず、にやにやと薄ら笑い。依然として一言も喋らなかった。


まりさが狩りに出かけようとすれば、きめぇ丸が家にちょっかいを出す。 
まりさが戻って威嚇すれば、距離をとってにやにや笑い。 
その応酬が五回ほど繰り返されたところで、まりさは業を煮やし、にやにや笑っているきめぇ丸に体当たりを敢行した。

「ゆっくりできないきめぇまるはせいっさいっするよっ!!!」

ぴょんぴょん飛び跳ねてゆき、自分に出せる最高速度できめぇ丸に突進する。 
このきめぇ丸は弱いのだ、だから自分に立ち向かってこれないのだ。 
まりさの中ではそう結論付けられており、もはや相手がきめぇ丸だからという怖気はなかった。

それでもきめぇ丸には当たらなかった。 
まりさが体当たりを仕掛けるたびに紙一重でかわし、きめぇ丸は距離をとってにやにや笑うばかりだった。

「ゆーっ!!にげあしだけははやいけど、それじゃまりさにはかてないよっ!!」

へこたれずに何度も何度も体当たりを繰り返す。 
逃げ続けるきめぇ丸に追いすがっているうちに、再び悲鳴が背後から聞こえてきた。

「ゆぎゃあああああぁぁぁぁ!!ぎょわいいいいぃぃぃぃ!!!」 
「ばりざああああああぁぁぁぁ!!!」

見ると、すっかり離れてしまいはるか後方の我が家の前に、別のきめぇ丸がやはり枝を突っ込んでいるのが見えた。

「ゆ゛ぅっ………!?………ば、ばりじゃのがぞぐにでをだずなあああああああぁぁぁ!!!」

餡子で沸騰した頭を振り、まりさは吼えながらそちらのきめぇ丸に突進していった。

そのきめぇ丸も同じだった。 
その時まりさが見せていた隙の間に、口にした枝でいくらでも家族を突き殺すこともできたはずなのに、 
家族には泣かせる程度のちょっかいを出すだけでわざわざまりさがやってくるまで待ち、 
やっとまりさが追いついて体当たりをすれば、跳びすさってにやにや笑い。

完全に頭に餡子の上ったまりさがそちらのきめぇ丸を追い回せば、 
もう一方のきめぇ丸が家にちょっかいを仕掛ける。 
あちらに走り、こちらに突っ込み、ついにまりさは家の前に陣取ってぜいぜいと息をつくしかなかった。 
二匹のきめぇ丸はやはり一言も発さず、にやにやと遠巻きにまりさを観察している。

まりさの中では、きめぇ丸たちは完全に、喧嘩の弱い臆病者になっている。 
しかし、どれだけ吼えてもわめいても、きめぇ丸は逃げ続けるばかりでその喧嘩に付き合ってくれず、 
二匹のローテーションでちょっかいを出し続けられては家から離れることもできなかった。

「ごの………よわむじっ!!びぎょうものっ!!おぐびょうものっ!! 
じーじーもらじっ!!あがゆっぐりっ!!びぎごもりっ!!にーどっ!! 
ぐやじがっだらががっでごいっ!!ごい!!ごい!!ごいいいいいぃぃ!!!」

悔し涙を浮かべ、地団太を踏みながらまりさは必死にきめぇ丸たちを挑発したが、きめぇ丸は乗ってこず、 
それどころかくっくっと含み笑いを漏らすばかりだった。

「ゆ゛んがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



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挿絵:車田あき