結局、狩りには家族全員で行くことになった。 
せっかく夜の間にできなかったすーやすーやをしようとしていたおちびちゃんたちは大いにぐずったが、 
きめぇ丸が唯一恐れているお父さんまりさの側から肌身離さずにいるしかないという結論になり、 
泣き叫ぶおちびちゃんたちをれいむの頭の上に乗せ、まりさがれいむの護衛をして連れていくことになった。 



一番安全なのは口の中に入れておくことだが、長時間となると親の涎で子供の体がふやけてしまうのでそれもできない。

ずりずりと這い狩り場に向かう一家のはるか後方から、二匹のきめぇ丸が距離を置いてついてくる。 
いくらまりさがぷくーをしたり叫んだりして威嚇しても、きめぇ丸は尾行をやめようとはしなかった。 
狩り場の位置を他ゆんに知られるのは普段なら避けたいところだが、 
食べざかりのおちびちゃんを抱えた一家にとって、食糧補充はもはや一刻の猶予もならなかった。

森のはずれに流れる川のほとり、ささやかなお花畑に着く。

「ゆっ!みんな、おひるごはんにしようねっ!!」 
「ゆわーい!!ごひゃんしゃん!!」 
「まりしゃ、おにゃかぺーきょぺーきょだよっ!!」 
「ゆぅ……きめぇまるによこどりされないかしんぱいだよ……」 
「だいじょうぶだよ!!おとうさんがちゃんとみはってるから、きめぇまるなんかにてだしはさせないよっ!!」

結果から言うと、横取りされた。 
「すーぱーむーしゃむーしゃたいむ、はじまるよっ!!」の宣言が言い終わらぬうちに、 
きめぇ丸たちがそれまでとはうって変わった速度で接近して、両親を突き飛ばしたのだ。

「ゆぶぅぅっ!?」

しばらくの間地面に突っ伏して痛みに呻いた後、まりさが顔を上げると、 
とっておきの狩り場のお花畑を荒らし回っているきめぇ丸たちが目に入ってきた。

「やめちぇええぇ!!れいみゅのおはなしゃんつぶちゃにゃいでえぇぇ!!」 
「むーちゃむーちゃしちゃいよおおぉぉ!!いぢわるちにゃいでよおおぉぉ!!」

子供たちが泣きながらきめぇ丸に体当たりをするが、きめぇ丸は一向意に介さず、 
ものすごい速度で花畑の上を走りまわり、滑り、回転し、 
最後にはしーしーを撒き散らして台無しにしてしまった。

「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………」

誰にも教えていなかった、まりさのとっておきの狩り場が駄目になり、絶望の呻きが上がる。 
しかしまりさは歯軋りし、立ちあがってきめぇ丸どもに闘いを挑んだ。 
向こうから接近してきた今ならこちらのものだ。

しかし、ようやくまりさが戦う気になっても、やはりきめぇ丸はにやにやと跳びすさっていった。 
ただの一言も発さず、やはりあのにやけ顔。 
まりさは叫び散らし、吼え、暴れ、ついには泣き叫んだが、 
それでもきめぇ丸は逃げるばかりで一瞬たりとも触れさせようとはしなかった。


それからも家族で狩りを続けたが、ことごとく邪魔された。 
ちょうちょさんを追いかければ、横からかっさらわれる。 
おいしいいもむしさんを捕まえようとしても、やはり体当たりをされて横取りされる。 
きのこさんもたけのこさんも、おいしいごちそうは全て横取りされてしまった。

なにより腹立たしいのは、そうして横取りしたごはんさんを、きめぇ丸は食べる素振りさえ見せないことだ。 
ぐしゃぐしゃに潰してしまい、川や崖、手の届かないところに捨てられてしまう。 
明らかに生理活動のためではなく、自分たちへの悪意から行っていた。

「どぼじでごんなびどいごどずるのおおおぉぉ!!? 
でいぶだぢなんにもわるいごどじでないでしょおおぉぉ!!めいわぐがげでないでじょおおおおおお!!! 
おぢびぢゃんだぢががわいぞうでじょおおおお!?やべでね!!あっぢいっでねええぇぇ!!」

涙を撒き散らしながられいむが抗議するも、やはり一切の反応はない。 
全力で走って尾行をまこうとしてもみたが、きめぇ丸の速度に勝てるはずもなく、まったく距離は開かなかった。 
追えば逃げられ、逃げれば追われ、どうやってもきめぇ丸どもの監視から逃れられない。 
見つけたそばから横取りされるとわかっていながら、 
それでも時間を追うごとに強くなっていく空腹感を満たすために狩りを続けなければならなかった。

「ゆ゛ぎい゛い゛い゛い゛い゛い゛!!ゆ゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 
ゆ゛んぐがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーっ!!!!」

子供たちが怯えるのも構わず、まりさは悔し涙を流して地団太を踏み暴れ回った。 
どうして自分たちがこんな目に遭わなければならないのかもわからなかったし、 
これだけどす黒い悪意を向けられてどうすることもできない苛立たしさは餡子を吐き出しそうなほどだった。


結局、狩りは全くの成果をあげられず、子供たちの空腹はいよいよ限界にきていた。 
赤ゆっくりなら、六時間ほど食事をしなければ死んでしまう。 
おちびちゃんたちは赤ゆっくりよりは成長していたが、それでもぐったりと動かなくなり、命の危険をうかがわせた。

「ゆ゛ああああああおぢびぢゃん!!おぢびぢゃん!!ゆっぐじじで!!ゆっぐじじでねええぇ!!」 
「ゆ゛………む……ぢゃ………む…ぢゃ………じぢゃい………」 
「ゆ゛………ぐべぇ…………」 
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛!!べーろべーろ!!べーろべーろ!!」

ぺーろぺーろも気休めにさえならない。 
朝から泣きわめき通しだった子供たちはもはや叫ぶ気力もなく、死相を顔に浮かべていた。

その時、きめぇ丸が背後に立っていた。 
ぎょっとして振りむくと、きめぇ丸は口に咥えていたものを乱暴におちびちゃんたちの上にふりかけた。 
それは雑草だった。半分は茶色くなったような、ほとんど枯れかけの苦い雑草。 
普段は見向きもしないようなにがにがさんだったが、どうやら今はそれを食べるしかないらしかった。

「おぢびぢゃんっ!!ごはんだよっ!!むーじゃむーじゃじでねぇぇ!!」 
「ゆ゛………ごひゃ、しゃ………」 
「ゆげぇ………にぎゃいよおおおぉ………」 
「これしかないんだよっ!!ゆっくりむーしゃむーしゃしてねぇ!!おねがいいぃ!!」 
「ゆぐえぇ………むーじゃ、むーじゃ……ぶじあわぜぇぇ…………」 
「ゆぐっ、えぐっ………どぼぢぢぇ………どぼぢぢぇ、ゆっぐぢでぎにゃいにょ………? 
まりじゃだぢ、どぼぢぢぇゆっぐぢじちゃいけにゃいのぉ………?」

涙を流し、えずきながら必死に咀嚼するおちびちゃんたちを見てまた涙が流れる。 
こんなに純粋で、罪のない、無力な小さな可愛いおちびちゃんが、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。 
あまりに理不尽すぎる仕打ちにまりさは怒りの炎を燃え上がらせ、きめぇ丸を睨みつけたが、 
きめぇ丸はすでに充分な距離をとって遠巻きに観察していた。

「ぎめぇまるはじねっ!!おぢびぢゃんをゆっぐりざぜないぎめぇまるはじね!! 
ゆっぐりでぎなぐなっでじね!!ゆっぐりずるなっ!!ゆっぐりずるなぁ!!ぐずぐずじないでいばずぐじねぇぇぇ!!」

普段は温厚な夫が、とても聞くに堪えない悪罵を撒き散らすのを聞きながら、 
れいむはゆぐゆぐと嗚咽を漏らしていた。


家に帰ると、どうやら三匹目がやったらしく、 
家の中にはあのゆっくりできないうんうんさんや死骸やお飾りがたっぷり投げ込まれていた。

疲労の極致にいた家族は、今また家を失い、意気消沈した。 
これだけのものを掃除する気力もなかったし、掃除したところで家にしみついた悪臭はもはや消えないだろう。 
こんなところではもうむーしゃむーしゃもすーやすーやもできない。

「まりしゃのちゃからもにょ!!ちゃからもにょとっちぇきちぇよおおぉ!!」 
「ごべんね……ごべんね………むりだよおぉ……おひっこじ、ずるじがないんだよおぉ……」

家の中にあった思い出の品々も捨てるしかなかった。 
すでに日は落ちかけており、夜が来るまえにせめて隠れ場所を探さなければならない。 
休息の時間さえ与えられず、まりさたち一家はまた這いずりはじめた。 
はるか後方にきめぇ丸どもの尾行を引き連れながら。


きめぇ丸どもの尾行は、それから何日も続くこととなった。 
ときには交代しながら、四六時中ひとときも途切れることなく、まりさ一家はきめぇ丸どもの監視下にあった。

夜になれば、丈高い草の茂みに、 
あるいは小さな木のうろに、崩れかけたベンチの下に寝床を求めたが、 
眠ろうとすれば必ずあの嫌がらせが繰り返された。 
何日も何日も、二時間以上続けてすーやすーやできない日が続いた。


きめぇ丸どもは一切近づこうとしなかったが、ときには干渉してくることもあった。 
人間さんの家にあまあまを分けてもらいに行こうとしたときがもっとも顕著で、 
その時ばかりはきめぇ丸どもは露骨に道に立ちはだかり、通ろうとする家族を突き飛ばした。

「ゆっぐじでぎないぎめぇまるはじねえええぇぇ!!!」

千載一遇のチャンスとばかりに、まりさは通せんぼするきめぇ丸に渾身の体当たりをしたものだが、 
それを正面から喰らってもきめぇまるは小揺るぎもせず、にやにや笑いながら何倍も強力な体当たりを返してきた。 
まりさの誤解はようやく解けた。このきめぇ丸はやっぱり自分たちよりもずっとずっと強い。

そこに至り、まりさはぞっとするような事実に思い至った。 
このきめぇ丸どもは、自分たちをいたぶっているのだ。 
殺そうと思えばすぐにも殺せるのにそれをせず、ひたすら嫌がらせを繰り返し、 
自分たちが苦しむのを見て喜び楽しんでいるのだ。

狩りをしようとしても、自分たちが選んだ一切のものは口に入れさせてもらえず、かといって餓死も許されず、 
疲労困憊したところであの苦い雑草や腐りきった生ゴミのかけらを、申し訳程度に投げつけられた。

寝ているときも、れみりゃが通りかかればすぐにも見つかるような開けた場所で眠らざるをえない日もあったが、 
不思議とれみりゃもふらんも来なかった。 
どうやらきめぇ丸が追い払っているらしかった。 
それでいながら、夜通しの嫌がらせは止む様子がない。

自分たちを楽しませるためだけに生きろ、生きて苦しめ。 
明確にどす黒い悪意を向けられ、まりさは戦慄したが、 
それでも食欲には抗えず、与えられたゴミをむさぼり喰った。


「ゆ゛ひぃ………ゆ゛ひぃ………どぼじで…………どぼじでごんなごどに………」 
「どぼじででいぶだぢがごんなめにあわなぎゃならないのおおぉ…………」 
「ゆ゛っぐ、ゆ゛っぐ、ゆえ゛っ……ゆ゛え゛え゛え゛ぇぇ」

ひたすら嗚咽し、呪詛を吐きながら、どこへ行くあてもなくきめぇ丸から逃げるようにずりずりと這い回る。 
いまやまりさ達の生活はただその繰り返しのみだった。 
きめぇ丸は依然としてつかず離れず、無言でにやにやとあの薄ら笑いを浮かべ、まりさたちの苦悶を楽しんでいた。

水浴びをしようとしても、ふかふかした草地でゆっくり休もうとしても、 
足を止めるたびにきめぇ丸から執拗な嫌がらせがやってきた。 
なにか少しでもゆっくりできるようなことをするたびに、偏執的な執念で邪魔をされるのだった。

家族の会話はほとんどなくなった。みな疲れすぎていた。 
最初の一日二日は互いに八つ当たりして叫び散らす余裕もあったが、 
とっくに限界を超えた疲労を抱えた今、ただぼそぼそと呪詛を吐き散らすしかできなくなっている。


そんな生活が三日も過ぎたころ、ついに限界は訪れた。 
その日の夕刻、子供たちが地面にへたり込み、何を言っても怒鳴ってもすかしても、もはや動こうとしなくなった。

「もう……やぢゃ……おうぢがえりゅ………」 
「おぢびぢゃん………」 
「あみゃあみゃしゃん……むーぢゃむーぢゃじぢゃいよ………」 
「ふかふかのべっどしゃんですーやすーやしちゃい…………」 
「ぼーるしゃんであしょびちゃい…………」 
「ゆっくちしちゃい……ゆっくちしちゃい…………ゆっくち、しちゃいよおおぉぉぉ…………」

涙を流して横たわり、おちびちゃんたちは嗚咽を漏らした。 
両親も泣き、どうしようもない状況下、どこに行くあてもないのにこれ以上子供たちをせっつく気にもならなかった。

森の開けた草地で、一家はその場にへたり込み、もはや動こうとしなくなった。 
生きる気力も、死ぬ気力もなかった。どうせ食事はあのきめぇ丸たちが持ってくる。 
そんなに苦しむのが楽しいならたっぷり見ていけ、自暴自棄になったまりさたちは居直ってその場にぐったりと横たわった。


どれだけ眠っていたのか。 
気がつけば、夜が明けていた。 
ひと晩じゅう邪魔されずにすーやすーやできるのは何日ぶりだろうか? 
久しぶりのまとまった睡眠に意識は軽い。 
信じられない思いでまりさが起き上がり、爽やかな朝の空気に包まれた周囲を見渡す。 
まさか、きめぇ丸たちがついにあきらめてくれたのだろうか?

愛しい家族に目をやる。 
そして、すぐにそれが目についた。

「ゆ゛っ…………ゆ゛ん゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」 
「「ゆゆぅっ!?」」


驚いてれいむと子まりさが起き上がり、叫び続ける父親を見る。 
父親の視線を辿ると、二人も金切り声で叫びはじめた。

家族の傍らに、子れいむがいた。

子れいむは両目に枝を突き刺され、 
歯をすべてえぐり抜かれた口内に切り刻まれた自分のお飾りを詰め込まれ、 
もみあげだけを残して髪をほぼすべて引き抜かれ、 
大きく切り開かれたまむまむから内部を剥き出しにし、 
やはり大きく引き裂かれたあにゃるに抉り出された中枢餡を突っ込まれ、 
全身にぎざぎざに抉られたような切り傷を刻みつけられた無残な死体をさらしていた。

「「「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」」」

家族は長い間叫び続けた。 
叫びながら、ふとまりさが気づく。 
遠くの土手の上で、三匹のきめぇ丸が、にやにやとあの薄ら笑いを浮かべていた。


苛立ちと怒りは色濃い恐怖に取って変わられた。 
あのきめぇ丸たちは、やはり自分たちを殺そうとしている。 
それも考えうるかぎり一番むごたらしい方法で。

まりさたちは必死に逃げ続けた。 
それでも、どれだけ急いでも、どんな道を通っても、きめぇ丸たちはにやにやとついてくる。

逃げようがないのは身にしみてわかっていた。 
それでも逃げ続けるしかなかった。 
なぜかはわからないが、起きて這い回っているうちは、きめぇ丸たちは手出しをしてこなかった。

いや、理由はわかりきっている。 
生をもとめてあがき苦しむ自分たちを見て楽しんでいるのだ。 
子れいむの死骸から枝を取り除き、土を掘って墓を作ってあげている間、 
きめぇ丸たちはわざわざ目と鼻の先まで接近し、間近で作業を観察しながら、 
自分たちの涙にくれる顔をのぞきこんでは終始にやにや笑い続けていた。 
殺ゆん鬼の狂気に怖気をふるい、まりさたちは抵抗する気力を失っていた。


道なき道を進み、どこまでも続く森を這い回る。 
やはり狩りは邪魔され、道端の一番まずい雑草を食むしかない。 
「むーしゃむーしゃしあわせー」などと喋ったのが遠い遠い昔のように思えた。

家族の顔に生気はない。 
ずっと水浴びもせず、休息もほとんどなく、体中は生傷と汚れに包まれ、 
埃をまとってぼさぼさに散らばる髪をふりみだし、虚ろな目でゆひいゆひいとあえぐばかりだ。

結果のわかりきった希望のない強行軍。 
それでもむごたらしい苦痛と死を一瞬でも先延ばしにする、ただそれだけのために、まりさたちは痛む体に鞭打って這い続けた。 
その日も日が暮れるまで這い、激痛と形容していい疲労をまといながら、 
まりさたちはどうにか休息所を見つけた。

眠れば殺される。しかし、休まなければ行き倒れてやはり殺される。 
交代で見張りながら眠るしかなかった。 
まず子まりさとれいむを眠らせ、ひとまずれいむと交代の時間がくるまでまりさは起きて目を光らせることにした。

それでも我慢弱いゆっくりのこと、疲れきった体をおして覚醒しつづけることができるはずもない。 
「ついうとうと」、それが子まりさの命運を分けた。 
翌日の朝、まりさとれいむは子れいむと全く同じ状態で横たわる子まりさの死骸を前に絶叫しつづけていた。

「おぢびぢゃんをみずでるげずばりざはゆっぐじじねぇ!!」


れいむが壊れた。 
あらゆる苛立ちと悲しみをすべてまりさにぶつけることでしか自我を保てなかったのかもしれない。 
子まりさを残酷な死に追いやることになったまりさのミスを絶叫し難詰し、弱弱しい体当たりを仕掛けてきた。 
まりさはただ泣きじゃくりながら「ごべんなざい、ごべんなざい」とひたすら繰り返すしかなかった。

「ごんなばりざどはいっじょにいられないよっ!!でいぶはりごんっずるよっ!! 
ごのままだとでいぶまでじんじゃうよ!! 
ばりざはびどりでぎめぇまるにいじべられでいっでねえぇ!!」

問題は今晩のことだった。 
きめぇ丸の襲撃から身を守るには、交代で起きながら互いを警護するしかなかったが、 
れいむはもはやまりさへの信用を失っており、このままではなすすべなく殺されてしまうと判断した。

その結果、きめぇ丸どもの悪意はまりさに向けられたものだという推測にすがり、 
れいむはまりさから離れていった。

「まっで!!まっでぇぇ!!でいぶううぅ!!ばりざをおいでいがないでええぇぇ!!ゆっぐじざぜでえええぇぇ!!」

泣き喚きながらまりさはれいむに追いすがったが、れいむの意思は固かった。 
ゆっくりは孤独を極端に嫌う。 
むーしゃむーしゃするにもすーやすーやするにも、共に喜びを分かち合う仲間が側にいなければしあわせーは半減する。 
まして、この極限の状況下で一人にされるのは何よりも恐ろしいことだった。

れいむに追いすがろうとするまりさの前に、二匹のきめぇ丸が立ちはだかった。

「ゆ゛う゛う゛ぅぅ!!どいでっ!!どいでね!!どいでよおおぉぉ!! 
でいぶがいっぢゃうよおおおぉぉぉ!!」 
「ゆゆっ!!やっぱりきめぇまるはまりさをねらってたんだねっ!! 
れいむはにげるよ!!まりさはひとりでころされていってね!!」

きめぇ丸に遮られて絶望の叫びをあげるまりさを振りかえりもせず、れいむはずーりずーりと立ち去っていった。


「ゆびい………ゆびい…………だんで…………どぼぢで……………」

荒い息をつきながら、泥だらけの体に鞭を打って這いずる。 
ついに一人になってしまった。 
もはや眠ることはできない、眠ればあのきめぇ丸どもに襲われる。 
かといって眠らずに、いったいどれだけ逃げ続けられるものか。

どうあがいても逃れる術はなかった。 
どれだけ先延ばしにしても必ずやってくる死、それでも少しでも、少しでも先送りにするために、 
全身を苛む激痛に涙を流しながらまりさは這いずり続ける。


おひさまさんがお空の真ん中にかかる頃、 
森の中を這いずっていたまりさの上に、何か重いものが落ちかかってきた。

「ゆ゛べぇっ!!?」

衝撃に呻くが、すぐにそれ以上の不快感に神経が粟立つ。 
真新しい濃厚な死臭。 
頭上にのしかかるそれを必死に振り払うと、半ば予想していたものがそこにあった。

「ゆ゛っあ゛っ………あ゛っ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……… 
でい、ぶ………でいぶ…………でいぶううぅぅ!!」

子供たちと同じように全身を突き刺され、目を潰され髪を引き抜かれあにゃるとまむまむを蹂躙されたでいぶの死骸を前に、 
まりさはもう何度めかわからない絶叫を長々と発した。


もう選択肢はなかった。

妻の墓を作る余裕さえなく、まりさは必死に川まで這いずってきた。 
あの恐ろしすぎる、苦痛に満ちた死を逃れるために、ついに自ら死を選んだのだ。

「ゆ゛びい………ゆ゛びい………ゆぐっ………ゆ゛っぐ……… 
ゆっぐじ、ゆっぐじ…………ゆっぐじ、じだがっだ……………… 
…………じだがっだよおおおぉおぉぉぉぉ…………………」

生き汚いゆっくりが死を選ぶのは相当な状況である。 
何よりも目先のゆっくりを、明日がどうあれ今日をゆっくりすることに意識の大部分を割くのがゆっくりであり、 
自ら命を絶つという発想は人間よりもずっとハードルが高い。

それを、まりさはついに選んだ。 
今までしてきた様々なゆっくり、これからするはずだった沢山のゆっくり。 
おちびちゃんやおちびちゃんのおちびちゃんに囲まれて、沢山のあまあまをみんなでむーしゃむーしゃする、 
近い将来叶うはずだったそんな光景を脳裏に浮かべながら、まりさは眼前の死を見つめていた。 
あとからあとから襲うのは悲しみと疑問の念。

「どぼじで………どぼぢでばりざだぢが、ごんなべにぃぃぃ…………」

誰かに嫌われるようなことは何もしてこなかった自負があった。 
笑顔でいっぱいの明るい家族、誰からも好かれ、慕われるゆっくりした家族のはずだった。 
そんな自分たちに、あのきめぇ丸どもはどうしてあんなひどいことができるのだろう。 
いくら考えてもわからなかった。

後ろを振り向けば、あのきめぇ丸どもが遠巻きに見つめている。 
逃れようもない。 
長い間、何時間もの間まりさは迷い続けていたが、 
ついに意を決し、眼前の川に飛び込んだ。

「ぼっどゆっぐじじだがっだよおおおぉぉおぉぉぉぉ!!!」


「ゆ゛げぼっ!!ゆぼっ!!ごぼ!!げぶふぅぅ!!」

結局、死ぬことさえ許されなかった。

川に飛び込んだ直後に、まりさはきめぇ丸に引き上げられ、 
三匹のきめぇ丸どもに囲まれながら呑みこんだ水を吐き戻していた。

涙をためた視線をきめぇ丸に向け、まりさは懇願した。

「ゆ゛………おでっ、おでがい………… 
じなぜで………じなぜで、ぐだざいいいぃ…………」

きめぇ丸どもは、やはり、にやにや笑っているだけで答えてはくれなかった。

「どぼ、ぢで………… 
どぼぢでぇぇ………?だんで………?ばりざ、わるいごどじだ………? 
じでないでじょおお………ばりざだぢ、ゆっぐじじでだだげだよおおぉぉ……… 
どぼじでごんなびどいごどでぎるのおおおおぉぉぉぉ………?」

返ってくるのはにやけ顔ばかりだった。

「ゆっぐじざぜでよおおぉぉ………ゆっぐじ、ゆっぐじじだいよおぉぉ………… 
ぼう、いや………おうぢがえる…………おうぢでゆっぐじずる…………… 
いいでじょおおおお………?ぼう、いいでじょおおお…………ゆっぐじざぜでよおおぉぉ………… 
ばり、ざ………ゆっぐじずる………ゆっぐじ、ずるよおぉぉ………いいよね…………いいでじょおおおお………?」

きめぇ丸どもに背を向け、必死に這いずり、離れていこうとする。 
そうして振り向けば、やはりきめぇ丸があとからついて来ていた。

「やべでよ!!やべでよおぉ!!ごないで!!ごないでえぇぇ!!! 
なんでごんなごどずるのおおおぉぉ!!?ざっぎがらぎいでるでじょおおおおぉぉぉ!!! 
なにがいっでよ!!ごだえでよおおぉぉ!!」

沈黙と嘲笑。

「ゆっ、ぐじ……ゆぐひ………ぐひいいぃぃ………… 
ゆっぐじ……ゆっぐじ………ゆっぐじ…………ひぐぅっ………えぐっ、ゆっぐうううぅ………」

そしてまた始まる、絶望的な逃走。

「………ゆ゛っ゛ぐじじだい゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉぉぉぉ…………………」


夕刻とともに、まりさの最期の時は訪れた。

ついに一歩も歩けなくなり、開けた草原のど真ん中でまりさはへたり込んだ。 
ずたずたに傷ついたあんよは中枢餡にまで響く激痛のシグナルをひっきりなしに出し続け、 
視界は薄い餡子色に濁り、二メートル先も見えない状態だった。 
ひび割れた舌を突き出し、からからに乾いた喉の奥からまりさは絞り出した。

「………ゆぼ…………ぼ、う……………だ……べ………」

濁った視界の中、まりさはきめぇ丸どもの足跡を聞いた。 
ズサササ、という独特の軽い摩擦音が響き、自分のすぐ側で止まる。 
見上げると、三匹のきめぇ丸たちが、あのにやけ顔で口々に枝を咥えているのがわかった。

ついに自分も殺されるのだ。 
まりさは観念し、目を閉じた。

「ぼう……どうに、でぼ……じで………ね……」

やっと終わるのだ、という安堵のほうが恐怖よりも大きかった。

直後、右の眼窩を激痛が襲った。

「ゆ゛っぎゃああああああああ!!?」

眼球を刺し貫いた枝が、ぐりぐりと内部の餡子を掻きまわす。 
想像したこともなかった激痛が、まりさの本能を刺激した。 
死の覚悟はどこへやら、激痛にまりさは身をよじり、必死に枝先から逃げようとした。

「ゆぎゃああああだいだいだいだいだいだいいいいぃぃ!! 
やべ!!やべで!!いぢゃいよおおおぉぉぉ!!」

まりさが身を引いて逃げると、きめぇ丸は追ってこず、枝を引き抜いてそこでにやにや笑っていた。 
このまま追ってきて、まりさを次々と刺し殺すのだと思っていた。 
しかし、きめぇ丸は追わなかった。この期に及んでも、まだまりさをにやにやと観察していた。

ぞっとした。 
まりさがきめぇ丸の前で身をさらさない限り、死は訪れてきてくれなかった。 
あの激痛。死への覚悟はとうに吹き飛んでいた。 
いたいのはゆっくりできない。ゆっくりできないのはいやだ。ゆっくりしたい。 
とっくの昔に限界を迎えている体をきしませ、まりさは今なお逃げはじめた。

疲労で動けなくなり、倒れこむたびに、きめぇ丸たちはまりさを突き刺した。 
一度に一刺し、ぐりぐりと枝をこじって、最大限の苦痛を与えるように。 
そのたびにまりさは身をよじり絶叫し、その場の苦痛から逃れるためにまた這いずり始めるのだった。

自分を徹底的になぶり、いたぶり、苦悶の叫びと絶望の逃避行を楽しんでいる。 
ずーりずーりと這いずる自分の最期のもがきが、きめぇ丸にはこの上なく面白い見世物なのだ。 
こんな死に方はいやだ、こんな死に方はゆっくりできない。 
自分の家族たちに囲まれて、自分の死を悲しんでくれるおちびちゃんたちに囲まれて、自分は満ち足りて死ぬはずだった。 
こんなところで、ずたぼろになって、自分の苦痛と死を喜ぶやつらに囲まれて、 
自分の悲鳴と苦悶を笑われながら永遠にゆっくりするなんていやだ。

いたい。いたい。ゆっくりできない。ゆっくりしたい。


「いぢゃいっ!!いぢゃいよおおぉぉ!!ゆびい!!ゆっぐじでぎにゃいいいいぃぃ!!!」

立ち止まるたびに全身を枝で刺され、切りつけられた。 
きめぇ丸の選んだ枝は、頑丈でいながら粗くささくれ立ち、まりさに最大限の痛みを与えた。


「いぢゃ!!いぢゃああぁ!!だべでえええぇぇ!!!ばりじゃのざらざらべあーざああああ!!」

髪を少しずつ噛みちぎられた。 
もみあげを千切られたときの激痛は、まりさのあんよにさらに無情な力を与えた。


「おぼうじっ……おぼうじざ………ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

目の前で帽子を取り上げられ、少しずつ引きちぎられるのを見せつけられた。 
もはや帽子を気にしている状況じゃないのはわかっていたが、 
本能的に、帽子を咥えたきめぇ丸をずりずりと追い続け、まりさは相手にさらなる興を与えた。


「あ゛ぎい゛!!い゛い゛い゛い゛い゛ぃ!!」

残った片目もえぐり抜かれた。 
もはや見えなくなった目で、まりさは岩や草に足をとられながらより無様に這いまわることになった。


「ゆ゛ごぼぼおおおおぉぉぉ!!!」

歯を一本ずつこじり抜かれた。 
まりさが倒れるたびに歯茎に枝を差しこまれ、一本抜かれるたびにまりさは飛び上がってまた這いずった。


「おぎょおおおおおぉぉぉぞご!!ぞごやべでええぇ!!!!ばりじゃのあにゃるううううゆ゛ぎゃああああああ!!!」

あにゃるに枝を突っ込まれ、ぐりぐりと回転させながら押し広げられた。 
逃げながら、あにゃるから滴る大量の餡子がさらにまりさの体力を奪ってゆき、真の限界の訪れが近づいていった。


「ぼぶっ!!おご!!ぼぼぉぉぉ!!ばぶっ!!ゆげぼばあぁぁ!! 
ごがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぼばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぶぼお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉ」

最期の時が訪れていた。 
しかしその最期の時は長く長く引き伸ばされ、いつまでたってもまりさのもとを立ち去ってはくれなかった。

完全に動けなくなったまりさを仰向けにし、きめぇ丸たちはまりさのまむまむを枝で切り開くと、 
その内部の餡子をゆっくりとゆっくりとかき回していた。 
餡子が大量にこぼれ出さないように、中枢餡を傷つけないように、ささくれた枝でゆっくりゆっくり内部を引っ掻き回す。 
こんな苦痛がこの世にあったのか。 
こんな苦痛がこの世に存在する必要が本当にあるのか。 
なんでまりさがそんな苦痛を感じなければならないのか。 
いまやまりさは抑えつけられ、激痛にびくんびくんと跳ね上がる以外に動くこともできず、 
ただ苦痛にのみ染まった世界を悶えまわった。 
その視界は、最後のその時まで、きめぇ丸のにやにや笑いだけが満ちていた。

結局、まりさの最期の時は、 
一歩も動けなくなってから永遠にゆっくりするまで、夜通し八時間ほど続いた。


―――――――


「ありがとう。本当に来なくなったわ」 
「おお、かんりょうかんりょう。これにておひきうけしたしごとはおわりました」

人間さんの元を訪れ、きめぇ丸たちは報告していた。 
一週間前に取り引きを交わし、人間さんの家にたかりに来るゆっくり達を駆除して、 
約束通り一週間後のこの日に訪れた。

「本当にありがとうね。困ってたから。 
でも、どんなふうにやったの?」 
「おお、きぎょうひみつきぎょうひみつ」 
「それはきかないでくださるとたすかります」

自分たちの「駆除」の内容を聞けば、人間さんは眉をひそめるだろう。 
我が物顔に世界をほしいままにしながら、 
はたから見れば意味不明な「罪悪感」だの「良心」だのとやらに悩まされ、 
今後自分たちに依頼するのをためらうようになる。 
経験則から、人間たちのそうした特性をきめぇ丸たちは知っていた。

「今、ゆっくり害が流行ってるからねえ。 
また他のゆっくりが来るかもしれないけど、その時はまたお願いできる?」 
「おお、びみょうびみょう。ほかにもおとくいさきはありますし、これでけっこういそがしいのです」 
「いちおう、ときどきこのへんもみまわっています。 
まあ、なんといいますか、おやさいさんをたくさんくれるところがどうしてもゆうせんてきに……」 
「あらまあ、しっかりしてるのねえ。 
わかってるわ、ちょっと待っといでね」 
「おお、かんしゃかんしゃ(ヒュンヒュン)」

人間さんはざる一杯の野菜を持って戻ってきてくれた。 
目の前に置かれた野菜の量を確認し、きめぇ丸たちはヒュンヒュンと動きを激しくする。 
この人間さんはいいお得意先になりそうだ。

「おお、たしかにたしかに。ありがとうございます」 
「こんごともきめぇさんれんせいをよろしくおねがいします」 
「その呼び方はよくわかんないけど、こちらこそよろしくね。 
ゆっくりがみんなあなたたちみたいだったら、もっと気持ちよく付き合えるんだけどねえ」


野菜と感謝の言葉を受け、きめぇ丸たちは人間さんの家をあとにした。 
帰る道々、互いに視線を交わして笑みを漏らす。

ゆっくりがみんな自分たちみたいだったら? 
それはそれで厄介だろう、ゆっくりにとっても人間にとっても。

ゆっくりが人里に現れて数カ月。 
それはゆっくりにとっても、人間という未知の生物との出会いだった。 
自分たちよりはるかに強く、しかし自分たちをとてもゆっくりさせてくれる力を持つ生物。 
人間との付き合い方はゆっくりによって様々だったが、 
きめぇ丸のように、人間の需要に従って役立つことでゆっくりを引き出す道を選んだものもいる。

三匹のきめぇ丸姉妹は、ゆっくりをいたぶるのが好きだった。 
その嗜虐性はきめぇ丸の中でも飛びぬけている。 
悪意を向けられ、怯え、怒り、苦痛にのたうち回るれいむ種やまりさ種が、 
きめぇ丸たちにとってはこたえられない楽しみなのだ。

そして、人間さんに迷惑をかけている個体を狙うことで、 
こうして人間さんから美味しい野菜を分けてもらう方策をとっていた。 
この野菜もまた、森ではなかなかお目にかかれない、こたえられない味だった。


「つぎはどこへいきましょうか(ヒュンヒュン)」 
「おお、となりまちとなりまち(ヒュンヒュン)」 
「かいゆっくりにちょっかいをだしているありすがいるといううわさです(ヒュンヒュン)」 
「ありすはひさしぶりですね。おお、たのしみたのしみ(ヒュンヒュン)」

人間の前に突如現れた正体不明の生物、ゆっくり。 
ひとまず現在のところは、そう悪くない関係を築いているといっていいだろう。



【おわり】


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挿絵:車田あき